捉えられないイメージと、それゆえの強い喚起する力を持ったジョン・ハッセルの音楽
ジョン・ハッセルは、2021年6月に逝去した。最晩年はコロナ禍での体調不良もあって、長期にわたる健康問題を抱えていたようで、さすがに好調とは言えない様子ではあった。しかし、それでも死の前年まで新作がリリースされ、しかもそれが新しく始められたシリーズの2作目でもあったという。それゆえ、享年84歳ということが、健康を害されていたということであったにせよ、年齢を感じさせない旺盛な活動を晩年まで続けていたように思っていた。今回リリースされることになったのは、新しいシリーズ〈Pentimento〉の3作目になる『Music Is Invisible (Pentimento Volume Three)』である。同シリーズでは、2018年に『Listening To Pictures (Pentimento Volume One)』が、2020年には『Seeing Through Sound (Pentimento Volume Two)』がリリースされている。それは、全3作が『The Pentimento Trilogy』としてまとめられて同日に再リリースもされるということなので、シリーズとしてもこれで最後になるのだろう(まだわからないとも言えるが)。それは、2015年5月23日にロンドンで行なわれた、リック・コックスとジョン・フォン・ゼーゲルンとのトリオによる、ハッセルの生前最後のライヴ音源をジェフ・ロナが編集、ミックスし再構築したものである。


ハッセルの多岐にわたる活動を概観して感じることは、テリー・ライリーやブライアン・イーノといった、ある意味ビッグ・ネームと並んで活動しながら、むしろ主役たちにインスピレーションを与えるようなポジションにいる、ということではないか。それは、あの特徴的なトランペットの音やフレージングであり、知っていれば、ハッセルだということが一聴瞭然のシグネイチャーとも言えるサウンドによってもたらされる。そして、それはいつでも、どこかVisibleなもののように感じていたのではなかったか? あのサウンドが聴こえてくることによって、見えなかったものが、見えてくるように、姿を現すように感じられるような何か。ハッセルに参加を依頼した多くの音楽家が、そのようなハッセルの、何かを可視化するような、どこかマジカルな側面のもたらす効果を求めていたのではないかと感じる。ハッセルの音楽とはそういうものだった。だから、この最後(かどうかはまだわからないが)の作品が、〈音楽は見えない(Music Is Invisible)〉、と題されていることの不思議さと、それはたしかにあたりまえだろう、という感覚のあいだをどのように埋めることができるのかを考えてしまう。
ハッセル自身による、〈音楽の不可視性について(On The Invisibility Of Music)〉というライナーノーツは2013年に書かれたもののようだが、そのことを考える上で大変示唆に富む。私たちは音楽を聴いている、体験しているオーディエンスの頭の中で、どのような感情が起こっているかを知る術がない。しかし、そこで起こっている感情の変化について、それをある型にはめて捉えてしまうこともまた、その関係を陳腐なものにしてしまうにちがいない。時間にしたがってリニアに進行する音楽にたいして、垂直にたちあがる音楽の時間を想起させる、新しいディープ・リスニングのあり方は、シリーズ名である〈Pentimento〉とも関係するだろう。美術用語で、油絵の最初に塗った層の筆跡や筆触が、後から塗り重ねられた層に透けて見えてくる現象を意味するように、ある時間における音どうしの関係性に、重ねられた音どうしの状態に注意を向けることでもある。ここでは、時間とともに変化し、次の展開を追っていくような音楽の聴き方とはことなる、垂直方向の聴取が提唱されてもいるのである。それは、捉えられないイメージと、それゆえの強い喚起する力を持った音楽となっている。