まずは『Moth Boys』なるタイトルを見て、ギョッとする人が多いに違いない。〈蛾少年たち〉ってなんだ!?と。そこで早速スペクターの首謀者、フレッド・マクファーソンに訊ねてみると、「ライオン・ボーイズでもスパイダー・ボーイズでもなく、ちょっと弱っちいところが良くない!?」と、自嘲気味な答えが返ってきた。

SPECTOR Moth Boys Fiction/HOSTESS(2015)

「このアルバムに向けて自宅で曲を書いていた時期、部屋にやたらたくさんの蛾が入ってきて、彼らだけが僕の相手をしてくれたんだ。灯りにぶつかってあちこちに落ちるし、僕も踏ん付けたりするからウザかったんだけど、実は美しいのに、儚くて憐れで悲しい存在だとも思った。それに僕が書いていたのも、自分たちの存在の虚しさや無意味さを描いた曲だったから、なんとなく類似性が見えてきて、〈Moth Boys〉って言葉を思いついたのさ」。

 確かに、ロンドン出身の4人組が完成させたこの3年ぶりのセカンド・アルバムは、現代の都市生活と人間関係への絶望感に焦点を絞った、ダークでメランコリックな一枚だ。かつ、キャンプなドラマ性、旺盛なポップセンス、鋭い批評眼といった彼らの持ち味を、2012年の前作『Enjoy It While It Lasts』とは異なるアプローチで表現して新境地を拓く、実にソリッドな第2章でもある。聞けばフレッドの実体験と、彼いわく「アートの価値が軽んじられて、金が支配する超資本主義的な遊園地に成り下がった」いまのロンドンのムードが今作の元になっているそうで、コンセプト作品のように聴こえなくもない。

「うん、その手の意見はよく耳にするよ。コンセプト作品をめざしたわけじゃないけど、多数の候補のなかから相性が良い曲を選んだし、一定期間に集中して曲を書くとネタになる体験や人物が限定され、おのずと詞のテーマが絞られる。僕自身そういう一体感のあるアルバムが大好きだから、嬉しい結果でもあるね」。

 本作に一体感を与えているのは、もちろん詞だけではない。ドレイクカニエ・ウェストをお手本にしたという、厭世観とシニカルなユーモアが交錯するフレッドの言葉はどれも、前作のギター・ロックではなく、シンセとドラム・マシーンを多用したサウンドに縁取られている。これは、彼の長年の友人であるデヴ・ハインズに加え、ダンカン・ミルズ及びアダム・ジャフリーという英国の新進サウンドメイカーが、バンドと共同プロデュースしたものだ。2年前にセカンド・ギタリストが脱退し、もともとドラマーだったダニー・ブランディがキーボード演奏にハマったことで、バンド・アンサンブルのバランスが変化。そうして、自然とエレクトロニック化が進んだのだとか。

「それに今回の冷ややかでアトモスフェリックな電子音は、詞の趣とも合致している。いまの社会を語るうえで避けられないテクノロジーに言及する曲も多いしね。究極的には、ジャケットにすべてが集約されていると思う。アルバムが醸す寂寥感や喪失感が、ここに凝縮されているんじゃないかな」。

 そのジャケットに映るのは、ベルリンにあった有名クラブの閉店後の様子。フレッドにとっては、家賃の高騰などを理由に次々と廃業に追い込まれるロンドンのクラブやライヴハウスの象徴でもあるそうだ。

「あくまでも、いまの気分のひとつの側面がこれらの曲には強調されているだけであって、僕はそこまで落ち込んでいないよ。でもこういう思いは溜め込まず、曲に吐き出すのがベストだし、本当に解放されてやるべきことをやったという充足感がある。このアルバムはとことん誠実で、同時におかしくもあって、人生もまさにそうなんだ。生きるのは本当に辛いし、心は粉々にされる。でもエキサイティングで楽しくもある。それを伝えることで若い人たちの励みになれば、何よりも光栄だよ」。

 

スペクター
フレッド・マクファーソン(ヴォーカル)、トム・シッケル(ベース)、ダニー・ブランディ(キーボード)、ジェッド・カレン(ギター)から成るロンドンの4人組。元レ・インコンペテンツのフレッドが中心となり、2011年初頭に結成。同年4月にファースト・シングル“Never Fade Away”をリリース。BBCの〈Sound Of 2012〉にノミネートされて話題を集め、フローレンス・アンド・ザ・マシーンらの前座を務めるようになる。2012年8月に『Enjoy It While It Lasts』でアルバム・デビュー。その後、〈グラストンベリー〉など大型フェスにも出演して評価を高めるなか、今年8月にセカンド・アルバム『Moth Boys』(Fiction/HOSTESS)を発表。10月9日にその日本盤がリリースされる。