〈2枚目のジンクス〉なんて言い回しもあるけど、栄光や挫折を味わったあとも人生は続く。オーストラリアが誇る人気ロック・バンド、テンパー・トラップが通算3枚目となるニュー・アルバムに冠した『Thick As Thieves』は、不屈の友情を意味するスラングだという。世界的ヒットからメンバー脱退まで、ジェットコースターのようなバンド・ストーリーを経験した彼らは、原点回帰と一致団結をテーマに、力強い最新モードを提示してみせた。そのサウンドはずばり、とことんポップ。スタジアムに埋まる大観衆が目に浮かびそうな、一撃必殺のキラー・チューンが並ぶ強力打線は、オープニングを飾るタイトル曲でいきなり最高潮を迎える。勇ましいビートは迫力十分、まずはこの曲を聴いてみてほしい。
ビッグ・スケールと表現したらガサツな印象を与えそうだが、ポップで万人受けする表現こそいちばん難しいのは周知の通り。さらに本作では、バンド史上初めて外部のソングライターを迎えるなど、冷静かつクレヴァーな構造改革を推進している点も押さえておきたい。2009年のデビュー作『Conditions』は累計100万枚を超えるセールスを記録したものの、2012年の次作『The Temper Trap』でエレクトロニックな実験性を押し出したことが仇となり、停滞期に陥ると2013年にギタリストのロレンゾ・シリットが離脱。ピンチに追い込まれた4人にとって、新作のレコーディングは失敗の許されない正念場だった。
そういうシビアな背景もありつつ、プロモーションで5月に来日したダギー・マンダギとジョセフ・グリーアは、取材も含めた日本滞在中に肌身放さずギターを抱えて、隙あらば歌うリラックスぶり。笑顔を浮かべて余裕すら漂う2人の姿は、チャート・アクションとは距離を置いたところで音楽と戯れているようにも映った。将来がどう転がろうとなるようになる。一皮剥けた逞しさが詰まったポップソングの数々は、音楽に人を勇気付ける力があることを改めて気付かせてくれるはずだ。
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ニュー・アルバムでは、過去2作の長所をミックスできた(ジョセフ)
――ダギーは昔から至るところで、同じブルース・スプリングスティーンのTシャツを着ていますよね。前から気になっていたんですけど、まさか今日も着ているとは思いませんでした。
ダギー・マンダギ(ヴォーカル/ギター)「そうなんだよ、貧乏で他に着る服がないんだ」
――こらこら(笑)。それだけ思い入れも深いとか?
ダギー「実は、まだライヴは観たことないんだよね。でもお母さんにチケットをプレゼントをしたことはあって、ファンでもないのに大喜びしていたよ。だから、きっと素晴らしいんだろうね」
――それで新作の話に入る前に、自分たちにとって過去2作がどういう位置付けなのか改めて教えてもらえますか?
ダギー「最初のアルバム『Conditions』は特別な一枚だね。なぜなら……初めて作ったアルバムだったから(笑)。それに、現時点でもっとも成功した作品でもあるし。まだ作曲やレコーディングのノウハウやコツを何一つ知らなくて、ナーヴァスになったりもしたけど、すべてが新鮮でエキサイティングな経験だった」
ジョセフ・グリーア(ギター/キーボード)「このアルバムに収録された“Sweet Disposition”が映画『(500)日のサマー』(2009年)に使われた時に、自分たちの音楽が広まっていったのを初めて実感できた気がするよ」
ダギー「でも、2作目の『The Temper Trap』だってスぺシャルな作品だよ。僕らの成長も感じられるし、その時に自分たちがやりたいことを反映できたアルバムだったから」
ジョセフ「前作のあとに機材やシンセをたくさん揃えたのもあって、新機軸をいろいろ試せたのも楽しかったよ。僕らにとっては思い入れの深いアルバムだけど、期待していたほど世の中に受け入れられなかったのは、正直予想外だったし落ち込んだところもある。でも、その経験が僕らの結束を強くしてくれたんだ。ある意味、バンドを続けていくうえでのモチヴェーションを生み出した作品だったのかもしれないね」
――『The Temper Trap』はリリース・タイミングで来日する機会がなかったこともあり、残念ながら日本でも影の薄いアルバムになってしまいましたけど、個人的には前作と同じくらい好きな一枚でした。“Need Your Love”のミュージック・ビデオに、空手のシーンが出てきたのもインパクトありましたし。
ジョセフ「ハハハ(笑)。あれは確かに、映画『ベスト・キッド』(84年)を意識した作りだったよね」
ダギー「あのアルバムに入っている“Trembling Hands”は、僕が東京に滞在したときに感じたことをモチーフにして作ったんだよ」
――そして、新作『Thick As Thieves』は本当にパワフルな内容になっていますね。きっと2人も相当の手応えを感じているのではないかと。
ジョセフ「今回から4ピースに戻ったわけだけど、以前よりもビッグなサウンドを追求してみたんだ。アンセミックで昂揚感のあるサウンドを意識して、ファンが求めるテンパー・トラップ像を取り戻しつつ、さらに進化した姿を見せられるようなアルバムにしたかった。過去2作の長所をミックスしたような作品になっていて、ギターにフォーカスした曲をたくさん用意している。そのほうがライヴで演奏していても楽しいし、オーディエンスも盛り上がるだろうから」
――とはいえ、ギタリストのロレンソが脱退したこともあり、初心に返ってギターにフォーカスするにしても、デビュー作と新作とでは意味合いも違ったのではないですか? それこそ、現在はダギーとジョセフの2人がギターを担当しているわけですけど。
ダギー「あまり周囲に影響を感じさせたくなかったんだけど、やっぱり自分自身もよりギターを弾く比率が必然的に増えたし、それがギター中心のアレンジにも繋がったんだと思う。全体的には無駄なものを削ぎ落として、必要なものだけを採り入れるような音作りをめざしたんだ」
――本当に無駄がないし、バンドの一体感に満ちたアルバムですよね。そういうエネルギーはどこから生まれたのでしょう?
ダギー「一人ギタリストが欠けたことで、4人という最小限の編成だけで、最大限のパフォーマンスを演奏できるようにしたかった。それは強く意識していたポイントだね。ステージ上にサポート・メンバーが立つなら、他にも音を足して良かったのかもしれないけど、今回はそういうことはしたくなかった。ロレンゾがいなくなったことで、自分たちのソングライティングを見直すことができたんだよ」
これまでと違うやり方にトライしたのは、その成果に興味があったから(ダギー)
――それで、新作のレコーディングには32か月も費やしたそうですね。LAで出会ったマレイ※にはじまり、世界各地でいろんなプロデューサーと一緒に制作したと。
※フランク・オーシャン『Channel Orange』(2012年)の共同プロデューサー
ダギー「最初は2013年の8月にスタートした。マレイとは“Summer’s Almost Gone”という曲を一緒に作ったんだ。それで時間が掛かったのは、僕らとプロデューサーたちのスケジュールがなかなか合わなかったところに拠る部分が大きかったのかな」
ジョセフ「あとは、曲を書き終えたあとも、聴き返しては何度もやり直したりして。そういうプロセスを何度も繰り返していったんだ。だから時間が掛かってしまった。レコーディングしている時点で、もうすでに前作のリリースからスパンも結構空いていたし、いまさら半年くらいスケジュールを早めてもそんなに意味はない気がしたんだよね。それよりもじっくり作り込んで、リスナーに喜んでもらえるアルバムを作り上げようと。それが全員の一致した意見だった。前作は焦って作ってしまったから、そこも反省を活かした部分かな」
――今回はメイン・プロデューサーを務めたダミアン・テイラー※1のほかにも、錚々たるプロデューサー陣が参加しているんですよね。先ほどのマレイもそうだし、リード曲の“Fall Together”をジャスティン・パーカー※2が、タイトル曲をパスカル・ガブリエル※3が手掛けていたりと。
※1 DJシャドウ『The Private Press』(2002年)、キラーズ『Battle Born』(2012年)などのプロデュースを手掛けているほか、ビョークの諸作やアーケイド・ファイア『Reflektor』(2013年)を筆頭にプログラミングやエンジニア、ミックスなど幅広く活躍
※2 ラナ・デル・レイ、シーア、バット・フォー・ラッシーズ、バンクスなど
※3 カイリー・ミノーグ、レディホーク、ゴールドフラップなど
ダギー「そうだね。人によっては作曲も手伝ってもらって、“Fall Together”や“Lost”を手掛けたリッチ・クーパーもそうだし、ベン・アレン(アニマル・コレクティヴ、ディアハンターなど)もいくつかの曲に携わってもらった」
――そういう方法論って、メインストリームの世界では一般的ですけど、インディー・ロックのバンドが導入するのは結構チャレンジングな気もして。
ダギー「まあ、最近はそんなに珍しいことでもないよ。今回こういうやり方を採り入れたことにも特別な理由はない。強いて言えば、これまでと違うやり方にトライすることで、どういう成果が生まれるのかに興味があったんだ」
――アルバム作りにおいて影響を受けたアーティストはいたりしますか?
ジョセフ「メンバーそれぞれ趣味が幅広いので、特定のミュージシャンやバンドを挙げるのは難しいかな。みんな個人的に影響を受けているアーティストはいると思うんだけどね。もちろん、バンドの全員が夢中になったアーティストはいるよ。レディオヘッドやデヴィッド・ボウイ、プリンスのようなね。だからといって、彼らの曲作りをそのまま真似しようとは思っていない」
――2曲目の“So Much Sky”は、ダギーとジョニー・エイハーン(ベース)がタンザニアに滞在したときのエピソードを元に作り上げたそうですね。そのときの話を教えてください。
ダギー「過去にタンザニア在住の人たちと一緒に、遊牧民族のマサイ族のためのチャリティー事業をしたことがあるんだ。雨が十分に降らない地域なので、彼らは新鮮な水を入手するどころか、水そのものが見つからない時すらあるんだけど、そんな彼らのために井戸の建設に出資したんだよ。そこから、ジョニーと僕で一緒にタンザニアを訪れて、建設された井戸を実際に見ながらマサイ族の人たちと会う機会に恵まれたのさ。10日間ほどの行程だったけど、忘れることのできない素晴らしい経験だった。アフリカはまさにこれからで、そこに生きる人々は本当に素晴らしい。マサイ族の人たちに会って、あの大地で何日間か過ごした経験から歌詞へのインスピレーションが湧いたんだよ。そしてジョニーは、自分一人で書いた曲をすでに持っていたし、僕もその(歌詞の)ための曲を探していたところだから、2人で頭を突き合わせてあの1曲にまとまったという感じかな」
――そういうふうに、特定のエピソードから作られた曲は他にもありますか?
ダギー「“Closer”というデラックス版に収録されるボーナス・トラックがあるんだけど(日本盤には未収録)、それはインドネシアにある刑務所に収監されていた人との友情に基づいている。その彼は、インドネシアからオーストラリアにヘロインを密輸しようとした罪で入所していたんだ。何回か刑務所に会いに行っているし、メールで連絡を取り合っていたんだよ。でも残念ながら、最終的には処刑されるという究極の犠牲でその罪を償うことになってしまったんだけど、彼はすごい人だった。僕の人生の在り方もまるっきり変えてしまったし、刑務所の内外を問わず多くの人を助けたんだ。彼のような人に会えたことは本当に光栄だった。そして、この経験については絶対に書き残しておきたいと思ったんだ」
――いろんなドラマが込められたアルバムなんですね。アートワークもとても印象的です。
ダギー「あれはジョニーがinstagramに投稿した写真なんだ。アルバムのジャケットをどうしようか相談していて、最初はメンバー4人で並んで写っている写真も候補に挙がっていたんだよね。一旦それで決まりかけていたんだけど、シングル・カット用の写真を探しているときに〈これがいいね〉とジョニーが見つけた写真が選ばれて。そのあと、アート・ディレクターが〈アルバムにこれを使うのはどう?〉と提案してくれたんだ」
――友情を意味するアルバム・タイトルにもピッタリですよね。
ジョセフ「ああ、本当だね。パーフェクトな偶然から、アルバムのイメージを上手く捉えた写真と出会えて良かったよ」
テンパー・トラップ来日情報
8月8日(月) 大阪・梅田CLUB QUATTRO
8月9日(火) 東京・恵比寿 LIQUIDROOM
開場/開演:18:00/19:00
料金:6,500円(税込1D別)
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