Nao Kawamuraこそが、いまもっとも注目すべき日本人女性シンガーである。SuchmosSANABAGUN.作品などへの参加、WONKのライヴ・サポートのほか、昨年の〈フジロック〉では〈ROOKIE A GO GO〉に出演を果たしているので、すでにその声を聴いたことのある人も多いはずだが、リリースされたばかりの彼女のファーストEP『Cue』を聴いてもらえば、〈いまもっとも注目すべき……〉という言葉が過言ではないことを十二分に理解してもらえるはずだ。ネオ・ソウルや現代ジャズのフィーリングを採り入れたオンタイムなサウンド・プロダクションが魅力的な一方、レンジの広い音域を持ち、天性の色気と母性が等しく共存しているようなNaoのヴォーカルの感触には特別なものがある。その生命力溢れる歌の求心力と濃厚なグルーヴが貫く本作は、コンテンポラリーなポップ・ミュージックと呼ぶに相応しい響きを獲得しているのだ。

そして今回は『Cue』のリリースを記念して、Nao Kawamuraとかねてより親交の深い高岩遼(SANABAGUN./THE THROTTLESWINGERZ)の対談を行った。ジャズ・シンガーとしてソロでも精力的に活動する高岩とはステージ上で共演を果たすなど、互いの才能を認め合う仲。そんな2人のヴォーカリストとしての魅力や、彼らがこれからの時代にどのような未来を描いているのかについて話を訊いた。両者の音楽談義を楽しんでほしい。

Nao Kawamura Cue NAKED VOICE(2017)

 

宇多田ヒカルさんとエリカ・バドゥがミックスされている感じ

――こうやって公式な場で対談するのは初めてですか?

高岩遼「初めて……だよね?」

Nao Kawamura「うん、初めて」

高岩「いつもテキトーな話しかしないから(笑)」

Nao「そうだね(笑)」

高岩「でも最近は一緒にステージに立つ機会が続いていて。(2016年)12月には〈JAZZ SUMMIT TOKYO〉と下北沢GARAGEで俺がソロでやったクリスマス・ジャズ・ライヴでデュエットして。ステージ上でイチャイチャしたよね」

Nao「あははははは(笑)」

高岩「Naoと俺は声質がマジで合うんですよね」

Nao「いろんな人がそう言ってくれて嬉しかった。最初は不安だったんですよ。私はジャズ・シンガーではないし、遼くんと私の声は合うのかなって。だからみんな褒めてくれてすごく安心した。男と女の掛け合いを楽しんでもらえたみたいで、良かったです」

――2人ともすでに成熟した色気を感じさせるヴォーカリストですよね。

Nao「嬉しいですねえ」

――そもそも2人はどのように出会ったんですか?

高岩「いつだっけ?」

Nao「たぶん、最初に遼くんに会ったのはSANABAGUN.の結成当初、(キーボードの櫻打)泰平が入ったときのライヴで。確か代官山LOOPかな?」

高岩「あ、泰平が初めて弾いた日だ! 2013年の末くらいかな」

Nao「洗足(学園音楽大学)時代から泰平とサナバのギターの(隅垣)元佐くんと仲が良くて、元佐くんに誘ってもらって仲間とSANABAGUN.のライヴを観に行ったんです。最初、元佐くんと〈最近スケーターのグループを組んだから、横浜に遊びに来いよ〉〈行かねーよ〉とか言ってたんですけど、それがSANABAGUN.だったんですよ。その後、改めてライヴに誘ってもらって。終演後に挨拶したとき、遼くんが〈高岩遼です!〉って名刺をくれて。イケてるお兄さんだなと思いましたね」

――サナバのライヴを観た印象は?

Nao「やべぇヴォーカルがいるなと思いました。このフロントマンの存在感は頭一つ抜けてるなって。そのときはリベラル(岩間俊樹)が遼くんに負けてる感じがあったけど、いまはリベラルも巻き返してるなと思います」

SANABAGUN.の2013年のライヴ映像
 

高岩「俺はすげえ日本美人がいるなと思って」

Nao「おおっ、いいこと言った(笑)!」

高岩「最初は年上だと思ったんです。でも実際は2つ下で。〈泰平と同い年(92年生まれ)か、マジ!?〉ってなった」

Nao「そのとき私はまだ本格的な活動をしていなくて、オリジナル曲を作ってレコーディングする機会を窺ってるような状態だったんです。遼くんとはそういうタイミングで出会ったんですよね」

――シンガーとしてクリエイティヴの発露の矛先を探っていた感じだった?

Nao「そうですね。私の音楽的なバックグラウンドの話をすると長くなるんですけど、私の母がピアノの先生で、小さい頃から音楽に触れていたんですね。私自身はピアノはやっていなくて、小さい頃にバイオリンを習っていたんです。遊びで作詞・作曲もしていて、歌を始めたのは18歳くらい。中高時代はずっと遊んでいて(笑)、比較的遅いスタートでした。将来的に何をやりたいかを考えたときに、歌しかなかったんですよね。でも、ずっと前からシンガーになりたかったわけではなかった」

高岩「そうなんだ」

Nao「大学に進学するんだったら、好きなことをやって人生の糧にしたいなと思って。それで歌を歌いたいと思ったんだけど、人のカヴァーはやりたくなかった。幼少期から作詞・作曲をやっていたのもあって、リスペクトするアーティストは自分の世界観をしっかり持っているし、自分のやりたい音楽を表現している女性シンガーが多かったから。大学に進学するタイミングで自分もそういうシンガーになりたいと思ったんです」

――どういう女性シンガーに惹かれてましたか?

Nao「もともと洋楽も好きなんですけど、日本のアーティストからも影響を受けていて。ニューミュージック時代の荒井由実さんとか。あとは宇多田ヒカルさんですね。最近はパフォーマンス面ではエリカ・バドゥビョークからの影響もあります。歌い方は宇多田ヒカルさんとエリカ・バドゥがミックスされている感じがあるかも」

エリカ・バドゥの2010年作『New Amerykah Part Two (Return Of The Ankh)』収録曲“Window Seat”
 

――遼くんが最初にNaoさんの歌を聴いたのはいつですか?

高岩「1年半くらい前かな? 渋谷のフラミンゴで。上手いなって」

Nao「率直(笑)!」

高岩「彼女の人柄が歌に出てる」

Nao「嬉しい!」

高岩「声を張るときもあるけど、ナチュラルな状態のほうが魅力的で。俺はNaoのネイチャーなヴォーカルが好きだから」

Nao Kawamuraの2016年のライヴ映像
 

Nao「ああ、それは私の幼少期がかなり影響してるかも。千葉で育ったんですけど、周りの女の子たちがおままごとをしているところで、私は木に登って遊んだりしていた(笑)」

高岩「やっぱりな! 猿じゃん(笑)!」

Nao「うるさいよ(笑)。幼稚園がクリエイティヴな感じで、時間割もなく、真横に森があるみたいなところだったんですよ」

高岩「まさにネイチャーだね」

Nao「公園にいたケガをしている鳥を家に持ち帰って治して返したり。小さい頃は獣医さんになりたかった。あと、父は文学が好きで。その影響で私も映画を観たりするよりも読書する時間が多かった。特にまど・みちおさんの詩が好きで。ウチはけっこう芸術一家だったんですよね。母はピアノや歌。妹が2人いるんですけど、上の子は演劇をやっていて、下の子は映像をやってるんです。文学やスピリチュアルな話ができるのは父で。歌詞は父の影響が一番大きいですね」

高岩「なるほどね」

Nao「歌詞の愛情表現も一人の男性というよりは、全人類というか。デカすぎるけど」

高岩「え、Naoは神様なの?」

Nao「違うよ(笑)」

――ラヴソングに博愛的なニュアンスがあるという。

Nao「そうそう。そういう面で共感できるのがエリカ・バドゥやビョークであって。それが彼女たちの母性でありポップさだと思うんですよね」

高岩「Naoは黒人がゴスペルやR&Bを歌うときによくあるような、細かいヴォーカルの下り方や的確なフェイクができるシンガーでもあるよね。それは技術や声帯が整ってないと無理なんで」

Nao「ありがとう。私が何より気をつけているのは発声。発声がすべてだとも思ってる。絶対に苦しく歌わないように心掛けていて。今回のレコーディングもそうだったんですけど、リラックスしすぎなくらいリラックスした状態で臨みました。歌うときは何も考えない。そうじゃないと歌えなくて。でも、その前にしっかり練習しておくんです。本番で力んでしまった状態で、感情を込めて〈愛してる〉と歌っても響かないんですよ。力まないで歌う大切さを教えてくれたのも母でした」

高岩「Naoのママはもともと歌手だったの? ピアノの先生ではなくて?」

Nao「ピアノの先生をやっていたんだけど、ホントは歌の道に進みたかったんだと思う。ヴァイオリンも自分ができなかったから私に習わせてたんだよね」

――大学で学んだことはそこまで活きてはいないんですか?

Nao「正直、そうですね(笑)。学校の思い出があんまりなくて」

――音楽仲間は増えたけど?

Nao「そうそう。泰平は音響デザイン科で、私はロック&ポップスという謎の学科だったんですけど(笑)、元佐くんは私と同じ学科だった。で、私と泰平と元佐くんとキョウヘイ(伊佐郷平/パーカッション、Ja3pod)さんで仲良くしていたんです。それで泰平から紹介してもらったのが、今回のEPのサウンド・プロデューサーを務めてくれた澤近立景と(SANABAGUN./Suchmosの小杉)隼太さんで。澤近と隼太さんは私をここまで導いてくれた人なんです。隼太さんがSuchmosの作品に呼んでくれたのもそうだし、澤近は私が〈こんなことやりたいんだけど、どう思う?〉っていう相談に時間を割いて向き合ってくれた。それで澤近とだったら全力でぶつかりながら最高の作品を作れるかもと思ったんですよね。だから、学校では人との出会いを得たという感じですね」

Nao Kawamuraのヴォーカルが使われているSuchmosの2015年作『THE BAY』収録曲“YMM”
 

――遼くんは尚美学園大学のジャズ科を卒業していますけど、学校で学んだことがいまに活かされているところはあるの?

高岩「なんもないですね。学校でも〈君はもういいや〉って感じだったんで(笑)。また俺の先生がオペラの人で、ジャズ・ヴォーカルを人に習ったことは一度もないんですよ。まあ、習うのもめんどくせぇし。ダルそうじゃね?」

Nao「っていうか、遼くんが大学に行ってたのがウケるんだけど(笑)!」

高岩「ちゃんと卒業してますから(笑)!」

――要は現場で学んだことがすべてだということですよね。

高岩「そうです。ただ、学校に通っていたからこそ日本のジャズの巨匠に会えたり、ジャズの世界ではすごいとされている先生と話して、〈ジャズって売れない!〉ということを学んだこと自体が尊いというか。それが、俺がSANABAGUN.を立ち上げるきっかけにもなりましたから」

SANABAGUN.の2016年作『デンジャー』収録曲“Mammy Mammy”