Photo by Aaron Woolf Haxton
 

ソウルフルな歌心を開花させたカマシの盟友、マイルス・モーズリー

カマシ・ワシントンのバンドに参加したことで、キーボードのブランドン・コールマンらと共に脚光を浴びたベーシストのマイルス・モーズリーは、その2人も参加したソロ作『Uprising』でソングライターとしての資質を開花させた。同作のリード曲“Abraham”では迫力あるホーンや、キーボードとピアノのコンビネーションに興奮させられるし、さらに耳を惹きつけるのはマイルスのソウルフルな歌声。彼の演奏スタイルについては、〈プリンスのバンドで、ジミ・ヘンドリックスがアップライト・ベースを弾いているかのようだ〉という一文がWikipedia中にあるが、同曲のベース・プレイはその表現が大袈裟でないことを証明している。

「俺がアップライト・ベースをディストーション・ペダルに繋げて演奏するのは、グランジに影響されているからだよ」とマイルスは語っているが、彼はローリン・ヒルやコモン、ハービー・ハンコックやロイ・ハーグローヴなどの大物をサポートしてきた一方で、クリス・コーネル(サウンドガーデン)やジェフ・ベックといったロック・ミュージシャンにも携わってきた(その華麗なる共演歴については、本人のオフィシャルサイトに詳しい)。そして、盟友のカマシらと一緒に参加したケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』(2015年)では、“These Walls”など4曲に彼の名前がクレジットされている。

80年にジャズ・ファンの両親の元で生まれ、LAのサウス・セントラルで育ったマイルスは、中学校でダブル・ベースと巡り会う。「音楽というのはボトムから作り上げられるものだから、ベースはとてもパワフルな楽器なんだよ。ベースが持つパワーと、普遍的な重要性に魅力を感じたんだ」と語るように、すぐさまベースの虜になった彼は、ジョン・クレイトンやレイ・ブラウン、エイブラハム・ラボリエルという伝説的なプレイヤーに師事しながら腕を磨いていった。

その後は音楽専門の高校へと進み、UCLAでは音楽民俗学を専攻し、オーケストラではコントラバスを演奏したという。その時期に巡り会ったのが、カマシやブランドン、キャメロン・グレイヴス(ピアノ)、ライアン・ポーター(トランペット)、トニー・オースティン(ドラムス)といった同年代のプレイヤーたち。やがてカマシがスヌープ・ドッグ、マイルスがコーンのジョナサン・デイヴィス、全員でローリン・ヒルといった具合に、各自がサイドマンとしてツアーを飛び回るようになると、彼らはLAに新たな居場所を求めるようになり、そこからマイルスの主導で、現在のカマシ・バンドを構成するウェスト・コースト・ゲット・ダウン(以下:WCGD)が結成された。

「ツアーから戻ってきたときに、〈自分たちのホーム・ベースと呼べるライヴの場所がない〉ということにふと気付いたんだ。ツアーではサイドマンとしてのキャリアを確立できるけど、(それとは別に)信頼できるミュージシャンと曲作りや演奏をする場がLAに必要だと思ったんだよ。WCGDは、オーディエンスに迎合することなく自由にアイデアを表現することがコンセプトだった。ビバップというのは、スウィングのビッグバンドで演奏していたミュージシャンが、コンボ編成で表現したいという欲求から誕生したスタイルだよね。俺たちもそれと同じだよ。メジャーなヒップホップや、ロック/ポップのアーティストのサイドマンとして演奏して、ツアーから戻ってきたあとに、自分たちの新しいサウンドを生み出したくなった。それで(2011年の12月に)30日間に渡ってレコーディング・セッションを行い、カマシの『The Epic』や(自分の)『Uprising』に収録されたものを含めて170曲以上を録音したんだ」

MILES MOSLEY Uprising World Galaxy/rings(2017)

そんな『Uprising』では、「俺にとってデンジャー・マウスのような存在」であるドラムスのトニー・オースティンがプロデューサーを務め、カマシが演奏のみならず、オーケストラ・アレンジでも協力。「音楽的には、壮大でありながらも親密な作りにしたかった」「生々しい音をダイレクトに記録して、夜空に輝く彗星のような作品にしたかったんだ」というマイルスの発言通り、緻密なアレンジを施しながら、エモーショナルで昂揚感に満ちた演奏が繰り広げられており、マイルスの豊かな歌と濃厚なグルーヴに圧倒されるはずだ。このように、セッションの録音時期や演奏メンバーが重複している『Uprising』は、『The Epic』とは異なる形でLAシーンの自由を体現している。

「ジャズは家みたいなものだ。だから家の前庭は、定期的に芝刈りをしておく必要がある。それがNYだよ。一方の裏庭はバーベキューをしたり、フットボールや野球をやる場所で、近所の人が細かくチェックしていないから、芝生もそのまま放っておかれている。LAはその裏庭だね。ジャズ・シーンのスポットライトが当たることのない場所だったから、ミュージシャンは自由に成長することができた。誰もLAなんて気に掛けていなかったから、自分たちのサウンドを育むことができたんだ」

2017年のライヴ映像