左からマスト、マイルス・モーズリー
Photo by Saray Garden(MILES MOSLEY)

 

活況著しい近年のLAジャズ・シーンのなかで、ブレインフィーダーと共に精力的な動きを見せているのがアルファ・パップだ。人気イヴェント〈ロウ・エンド・セオリー〉を主宰し、フライング・ロータスの諸作やカマシ・ワシントン『The Epic』など重要作のミックス/マスタリングも手掛けているダディ・ケヴが、2004年に同レーベルを設立。さらに昨年には、別ラインとなるワールド・ギャラクシーを新たに立ち上げ、ジョセフ・ライムバーグ『Astral Progressions』やブレッシング・エフェクト『Mars Is A Very Bad Place For Love』といった意欲作を双方から送り出している。ここ日本では音楽ジャーナリストの原雅明氏が主宰するringsからのリリースで、同時代のヒップホップ~ビート・ミュージックともリンクしたサウンドは実に刺激的だ。

その流れで注目したいのが、LAのマルチ奏者であるマストことティム・コンリー。彼が昨年発表した『Love And War_』にはテイラー・マクファーリンやティム・ルフェーヴル、ルイス・コールなど旬の才能が参加し、New York Observerが選ぶ2016年ベスト・ジャズ・アルバムで4位に選出されるなど高く評価された。そしてもう一人、カマシのバンドでも活躍しているベーシストのマイルス・モーズリーは、ソロ作『Uprising』で新境地を開拓。朋友のカマシやブランドン・コールマンも参加した同作は、ポップな歌心とグルーヴィーな演奏に満ちた一枚だ。今回はLAジャズの現在を知るために、アルファ・パップ/ワールド・ギャラクシーが輩出した2人のアルバムを紐解いていきたい。

 

ジャズとエレクトロニックなアプローチの両立を試みる逸材、マスト

「マストでは実験的なエレクトロニクスとヒップホップのビート、〈ロウ・エンド・セオリー〉的な低音のアプローチを、ジャズ・コンポジションと融合させたかったんだ。俺がジャズの世界で学んだメロディーとコード進行を、ビートの世界と組み合わせて深みを出したかった。ジャズのバックグラウンドを、エレクトロニックなアプローチと混ぜたらどうなるかを試したかったんだよ」

自身もこう語るように、ティム・コンリーのソロ・ユニットであるマストは、ジャズ×ビート・ミュージックというLAが育んできた2つのラインを重ね合わせながら、アブストラクトな音世界を築き上げてきた。78年生まれでフィラデルフィア出身の彼は、大学時代にジャズ・ギターとジャズ・コンポジションを専攻。2004年には、オーセンティックなジャズを奏でる初作『Ocean Exposition』を本名で発表している。その一方で、彼はギタリストとしてグリマス・フェデレーションやフレッシュ・カット・オーケストラといった実験的なバンドに出入りし、ブレインフィーダーの歌姫として名を馳せるライアットと強固なパートナーシップを築く傍ら、アイシー・デーモンズというインディー・ロック・バンドに参加するなど、ジャンルを股にかけて活動してきた。

ティム・コンリーの2004年作『Ocean Exposition』
 

そんなティムが転機を迎えたのは5年前。東海岸を離れてLAに移住すると、〈ロウ・エンド・セオリー〉へ足繁く通うようになる。そこで彼はダディ・ケヴとの邂逅を果たし、ビートメイキングのノウハウを吸収していった。そういった経験値も反映されたマストの初作『Omni』(2014年)にはライアットに加えて、ジェレマイア・ジェイやロウ・リーフ、ケンドリック・ラマー作品への参加で知られる女性ヴォーカリストのアナ・ワイズが参加。ティムがみずから生楽器を演奏しつつ、混沌としたプロダクションを構築したほか、ストリングスに三味線(!)まで採り入れるなどディープな作家性を印象付けた。

ライアットが参加した2014年作『Omni』収録曲“Until You Are Sound”
 

MAST Love And War_ Alpha Pup/rings(2016)

そして、最新作『Love And War_』ではさらなる飛躍を遂げている。ゲスト陣も前作以上に豪華で、18歳の頃から友人だったというテイラー・マクファーリンは、日本でもヒットした2014年作『Early Riser』譲りの浮遊感に溢れるキーボードを“The Letting Go”に提供。ダニー・マッキャスリン率いる『★』バンドにも参加するティム・ルフェーヴルが、“The Night Drive”でビートに鋲を打つようなベース・プレイを見せたかと思えば、エレクトロ・ポップ・ユニットのノアーとしても活動し、サンダーキャットの新作『Drunk』でもリード曲の“Bus In These Streets”などで活躍していたルイス・コールが“On The Prawl Again”で記名性の強いドラミングを披露している。

「ゲストが参加している曲は、その当人を想定して作ることが多い」とティムも認めるように、プレイヤー陣の個性が色濃く反映されたトラックには、プロデューサーとしての優れた審美眼も垣間見える。さらに、上述した面々を含めて、ティムの音楽的ヴィションと共振するように、ジャズとエレクトロニックなアプローチの両立を試みるミュージシャンが集結しているのが『Love And War_』の重要なポイントだ。トータス周辺の功績を受け継ぐようにシカゴから登場した新世代ドラマー、マカヤ・マクレイヴンもその一人。彼のドラムとティムの弾くギターが火花を散らす“The Liberation”は、アルバム終盤を盛り立てる出色のパフォーマンスとなっている。

マカヤ・マクレイヴンの2015年作『In The Moment』収録曲“The Jaunt”
 

他にもライアットやフレッシュ・カット・オーケストラといった縁の深い面々に、女性シンガーのアンドレ・ベル、ラッパーのコリアタウン・オディティなど多彩な顔ぶれが揃った『Love and War_』は、ティムにとっての集大成であるのと同時に、先鋭的なジャズ・シーンをコンパイルしたような趣も感じさせるだろう。「ジャズは僕にとって〈自由〉を意味するんだ。テクニカルな技術と、クリエイティヴィティーが融合した音楽なんだよ」という本人の音楽観が、アルバムの本質もそのまま言い表わしている。

 

Photo by Aaron Woolf Haxton
 

ソウルフルな歌心を開花させたカマシの盟友、マイルス・モーズリー

カマシ・ワシントンのバンドに参加したことで、キーボードのブランドン・コールマンらと共に脚光を浴びたベーシストのマイルス・モーズリーは、その2人も参加したソロ作『Uprising』でソングライターとしての資質を開花させた。同作のリード曲“Abraham”では迫力あるホーンや、キーボードとピアノのコンビネーションに興奮させられるし、さらに耳を惹きつけるのはマイルスのソウルフルな歌声。彼の演奏スタイルについては、〈プリンスのバンドで、ジミ・ヘンドリックスがアップライト・ベースを弾いているかのようだ〉という一文がWikipedia中にあるが、同曲のベース・プレイはその表現が大袈裟でないことを証明している。

「俺がアップライト・ベースをディストーション・ペダルに繋げて演奏するのは、グランジに影響されているからだよ」とマイルスは語っているが、彼はローリン・ヒルやコモン、ハービー・ハンコックやロイ・ハーグローヴなどの大物をサポートしてきた一方で、クリス・コーネル(サウンドガーデン)やジェフ・ベックといったロック・ミュージシャンにも携わってきた(その華麗なる共演歴については、本人のオフィシャルサイトに詳しい)。そして、盟友のカマシらと一緒に参加したケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』(2015年)では、“These Walls”など4曲に彼の名前がクレジットされている。

80年にジャズ・ファンの両親の元で生まれ、LAのサウス・セントラルで育ったマイルスは、中学校でダブル・ベースと巡り会う。「音楽というのはボトムから作り上げられるものだから、ベースはとてもパワフルな楽器なんだよ。ベースが持つパワーと、普遍的な重要性に魅力を感じたんだ」と語るように、すぐさまベースの虜になった彼は、ジョン・クレイトンやレイ・ブラウン、エイブラハム・ラボリエルという伝説的なプレイヤーに師事しながら腕を磨いていった。

その後は音楽専門の高校へと進み、UCLAでは音楽民俗学を専攻し、オーケストラではコントラバスを演奏したという。その時期に巡り会ったのが、カマシやブランドン、キャメロン・グレイヴス(ピアノ)、ライアン・ポーター(トランペット)、トニー・オースティン(ドラムス)といった同年代のプレイヤーたち。やがてカマシがスヌープ・ドッグ、マイルスがコーンのジョナサン・デイヴィス、全員でローリン・ヒルといった具合に、各自がサイドマンとしてツアーを飛び回るようになると、彼らはLAに新たな居場所を求めるようになり、そこからマイルスの主導で、現在のカマシ・バンドを構成するウェスト・コースト・ゲット・ダウン(以下:WCGD)が結成された。

「ツアーから戻ってきたときに、〈自分たちのホーム・ベースと呼べるライヴの場所がない〉ということにふと気付いたんだ。ツアーではサイドマンとしてのキャリアを確立できるけど、(それとは別に)信頼できるミュージシャンと曲作りや演奏をする場がLAに必要だと思ったんだよ。WCGDは、オーディエンスに迎合することなく自由にアイデアを表現することがコンセプトだった。ビバップというのは、スウィングのビッグバンドで演奏していたミュージシャンが、コンボ編成で表現したいという欲求から誕生したスタイルだよね。俺たちもそれと同じだよ。メジャーなヒップホップや、ロック/ポップのアーティストのサイドマンとして演奏して、ツアーから戻ってきたあとに、自分たちの新しいサウンドを生み出したくなった。それで(2011年の12月に)30日間に渡ってレコーディング・セッションを行い、カマシの『The Epic』や(自分の)『Uprising』に収録されたものを含めて170曲以上を録音したんだ」

MILES MOSLEY Uprising World Galaxy/rings(2017)

そんな『Uprising』では、「俺にとってデンジャー・マウスのような存在」であるドラムスのトニー・オースティンがプロデューサーを務め、カマシが演奏のみならず、オーケストラ・アレンジでも協力。「音楽的には、壮大でありながらも親密な作りにしたかった」「生々しい音をダイレクトに記録して、夜空に輝く彗星のような作品にしたかったんだ」というマイルスの発言通り、緻密なアレンジを施しながら、エモーショナルで昂揚感に満ちた演奏が繰り広げられており、マイルスの豊かな歌と濃厚なグルーヴに圧倒されるはずだ。このように、セッションの録音時期や演奏メンバーが重複している『Uprising』は、『The Epic』とは異なる形でLAシーンの自由を体現している。

「ジャズは家みたいなものだ。だから家の前庭は、定期的に芝刈りをしておく必要がある。それがNYだよ。一方の裏庭はバーベキューをしたり、フットボールや野球をやる場所で、近所の人が細かくチェックしていないから、芝生もそのまま放っておかれている。LAはその裏庭だね。ジャズ・シーンのスポットライトが当たることのない場所だったから、ミュージシャンは自由に成長することができた。誰もLAなんて気に掛けていなかったから、自分たちのサウンドを育むことができたんだ」

2017年のライヴ映像

 

最後にもう一人、LAジャズ・シーンの大物によるリリースを一足早く紹介しよう。スタンリー・クラークやケニー・ギャレットといったジャズの巨星に愛され、フライローの『You're Dead!』やカマシの『The Epic』、ケンドリック『To Pimp A Butterfly』など近年の重要作に参加し、サンダーキャットやカマシのバンドでも比類なき存在感を発揮してきた剛腕ドラマー、ロナルド・ブルーナーJrが初のソロ作『Triumph』を3月にワールド・ギャラクシーから発表する(CDは日本盤のみで4月19日にリリース)。

RONALD BRUNER JR. Triumph World Galaxy/rings(2017)

 カマシの『The Epic』やマイルスの『Uprising』と同じセッションで録音されたという『Triumph』には、サンダーキャットことスティーヴン・ブルーナー、ジ・インターネットでキーボードを弾くジャミール・ブルーナーという2人の実弟たちにマック・ミラー、生前から共演を重ねてきたジョージ・デューク、さらに盟友のカマシといった面々がゲストで参加。先行公開された“Take The Time”ではサンダーキャットのコーラスがフィーチャーされており、この兄弟がかつてスイサイダル・テンデンシーズで活躍してきたことを思い出させるパンキッシュな演奏に打ちのめされるだろう。このように、アルバム全編でロナルドによる爆発的なドラミングとヴォーカル(!)を押し出しつつ、ソウルやR&Bの要素も採り入れたサウンドがポップに奏でられている。

フライローもフックアップした〈ロウ・エンド・セオリー〉の旗揚げから10年が過ぎ、LAシーンの精神的支柱となったダディ・ケヴが、自身の影響下にある次世代の才能たちを後押しし、かつてはエアポケットと見なされていた同地のジャズを活性化させている構図には、長い期間で培われてきた歴史の繋がりを見ることができる。「ケヴはエレクトロニック・ミュージックのプロデューサー/DJとして知られているけど、心の中ではジャズ愛好家だと思う。だから、彼は前からそういうレーベル(ワールド・ギャラクシー)をやりたかったんじゃないかな」とティム・コンリーは語っているが、アルファ・パップとワールド・ギャラクシー、そしてringsの動きからは今後も目が離せない。