かくれんぼはもうおしまい。遠回りしたけど、やっとここまで辿り着いた。眩い光を放ちながら、剥き出しの太陽がいま一直線に昇っていく!
太陽みたいに周囲を照らしたい
サーフィンを通じて感じた自然のヴァイヴ――それを力強く真っ直ぐなリリックや、アコースティック・ギターをベースにしたシンプルなバッキングと共に表現するシンガー・ソングライターのWATARU。昨年7月にリリースしたデビュー・ミニ・アルバム『おしえて神様』が、サーフ・ミュージック・シーンを中心に注目され、ロングセラーを記録したのは記憶に新しい。また、11月にはSPICY CHOCOLATEの人気シリーズ最新作『渋谷純愛物語3』へ参加し、新たなファン層も獲得。こうして順調にキャリアを築いている彼が、来るアルバムの先行シングルとして“かくれんぼ”を配信したのは今年2月のことだ。ピアノやストリングスなども用いた壮大なトラックの上で、真剣に人生と向き合おうとする男の姿を描いた同曲からは、ミュージシャンとしての決意のようなものも窺えた。
「以前、空手をやっていた頃は、本気でそれに取り組んでいた。〈辛い〉という言葉も忘れてしまうほど、大会で優勝したい一心で練習に励んでいたんです。あの頃と比べたら〈いまの自分は何をやっているんだろう?〉と思って。せっかく音楽を発表できる機会に恵まれたんだから、もっとストイックに自分をさらけ出して取り組んでいこう、かくれんぼはもうやめよう――そう決心した時に作った楽曲ですね」。
そして、このたび完成したファースト・フル・アルバム『太陽』からは、彼自身の音楽に対する純粋な思いが、鮮やかな光を纏いながら伝わってくる。
「周りの友達から〈WATARUって太陽みたいだよね〉と言われることが多くて、何かそれってカッコイイなと思ったんですよ。自分が太陽のような存在になって周囲を照らし、そこにみんなが集まってくるような、そんな作品になれば良いなと思ってこのタイトルにしました」。
アルバムには太陽の輝きと同時に潮の薫りも漂っていて、リスナーの心をビーチへと導いてくれる。そう、本作はこれから夏にかけて楽しむのにピッタリの一枚と言えるだろう。
「アルバム全体のコンセプトみたいなものは特になかったんですよね。生まれ育った東京を離れ、千葉の外房で一人暮らしを始めてから、自分はいろんな経験をさせてもらった。それが歌詞やメロディーになっていき、楽曲として完成した感じ。つまり、自分のいる場所、見ているもの、触っているものが曲に進化し、一枚にまとまったんです。もしも東京でずっと暮らしていたら、もっと攻撃的な音楽を作っていた可能性はデカイと思いますよ」。
アコギを核とするハートウォーミングな音作りという意味で、WATARUの基本スタイルはジャック・ジョンソンを筆頭としたサーフ・ロックの系譜に連なるものだ。が、彼はそこに現行のダンスホール・レゲエやヒップホップの要素をイイ塩梅でまぶし、リラックス感だけでなく、心地良い昂揚感もプラスしている。とりわけ、千葉の美しい星空をイメージしたという“一番星”は、EDMを採り入れることで都会的なムードも醸していて興味深い。
「アヴィーチーの楽曲をどっかで聴いていて、〈この感じ、スゲエ気持ち良いな〉と思っていたっぽくて。で、“一番星”がある程度のところまで完成した時、知り合いに〈これ、アヴィーチーっぽくない!?〉って言われて聴かせてもらったら、〈あ、この曲、俺が好きなヤツ!〉って。きっとうっすら耳に残っていたんだと思います。俺は普段、あんまりジャンルとかアーティストとかにこだわらないで音楽を聴いているというか。単純に気持ち良いなと思ったものを自分のフィルターに通していて、それが曲作りに活きているのかもしれないですね」。
また、内省的な歌詞とアイリッシュ・ダンス風の明るいアレンジとのコントラストで魅せる“I'm Alone”が生まれた経緯についても、次のように話してくれた。
「映画『タイタニック』の船が沈没しそうなシーンで流れていたアイリッシュっぽいサウンドがふと浮かんで、そのテイストを取り込んでみたいと思いました。歌詞の面で言うと、他の楽曲は〈情景が浮かぶようなものにしよう〉っていうのを意識して書いたんですけど、“I'm Alone”はそういうことを考えず、直感を頼りに作ってみたら、5分くらいで出来たんです」。
あくまでも自然体
“海へ”や“上を見よう”では自分の思いが相手になかなか伝わらないもどかしさ/怒りを滲ませ、“愛してる”ではダイレクトに愛の言葉を綴る。「歌詞を書くのは、日記を書く作業とさほど変わらない」との言葉通り、日常の風景を切り取りながらさまざまな感情の波を表現してみせた『太陽』。先ほど〈ビーチへと導いてくれる〉と書いたが、じっくりリリックを味わってみたら、いやいや、場所を限定せず、晴れの日でも曇りでも雨でも、全天候にフィットしそうだ。
「実際に起きたエピソードから歌詞が生まれているんで、〈自分もこういうことがあったな〉とか〈WATARUもこういうふうに感じていたんだ〉とか〈大丈夫、俺だけじゃなかったんだ〉とか、リスナーの方に思ってもらえたら嬉しいです」。
そんな共感度の高い言葉の数々を、豪快さと繊細さを巧みに操り、時にはラップやDJイングも交えてエモーショナルに吐き出していくヴォーカル・パフォーマンスは、『おしえて神様』の時と比べても格段に説得力を増しているのではないだろうか。
「18歳の時にクラブでオケをバックに歌いはじめたんですが、いまは生音っていうのを追求してみたくて。で、打ち込みのリズムからバンド・サウンドに変化したぶん、ヴォーカル・スキルをより磨いて、もっと生の魅力を出していかなきゃな……とは思いながらも、あまり意識することなく、気持ちを込めて歌うことだけに集中しました」。
バンドを従えた最近のステージについて「全然違いますね、生演奏だと終わりも始まりも自分たちで作れるので、そのセッション感というか、制限のない感じが凄く楽しいなと思って」と語り、アルバム収録曲も「もともとはすべてライヴに向けて作った曲」とのこと。そうなると俄然ライヴも楽しみになってくる。6月24日に行われる渋谷o-nestでの初ワンマン公演をはじめ、続々とスケジュールが決まっているので、ぜひ音源と合わせてチェックしていただきたい。最後に、今後の目標を訊いてみた。
「ダンスホール系のアガるアルバムを作ってみたいなと思いつつ、その時々で自分の興味って変化していくじゃないですか!? だから〈これからどういう音楽を作りたい〉とかは深く考えないようにしてます。制約を設けずに自由な感覚で活動し続けたいんですよね」。
気の向くまま、あくまでも自然体に……。そこがWATARUの一番の魅力だ。