不気味な森を抜け出し、目に見えない何かを聴衆に訴えかける。この剣は救いなのか、災いをもたらすものなのか……

 リヴァプール出身のフォレスト・スウォーズことマシュー・バーンズが注目を集めたのは、2010年発表のEP『Dagger Paths』がきっかけだった。ダークなサウンドスケープとオカルトチックな妖艶さは耳の早いリスナーに衝撃を与え、彼の輝かしい未来を決定付けたと言ってもいい。

 その後、マシューは2013年にファースト・アルバム『Engravings』をリリース。当時、隆盛を誇っていたウィッチ・ハウスの中心的レーベルであるトライ・アングルから出たこともあり、同作はその文脈で語られることも多かった。とはいえ、ダブ、ヒップホップ、ドローン、サイケデリック・ロックをドロドロになるまで掻き混ぜ、そこへトライバルなリズムを足して呪術的な雰囲気を生むという独創性は、ウィッチ・ハウスの枠に収まるものではなく、事実、PitchforkやDummyなど多くのメディアが『Engravings』を年間ベスト・アルバム・リストに選んでいる。このことは、マシューが一部のアングラ好きだけに支持されるカルト・アーティストではなくなったことを意味していた。それと前後して活動の幅は大きく広がり、マッシヴ・アタックとのコラボをはじめ、コンテンポラリー・ダンス用の舞台音楽の制作や、ドローン(無人航空機)がテーマの映画「In The Robot Skies」にドローンのみのスコアをつけるというダジャレみたいなプロジェクトなど、さまざまな外仕事をこなしている。

FOREST SWORDS Compassion Ninja Tune/BEAT(2017)

 そんななか、彼がニンジャ・チューンに移籍して待望のセカンド・アルバム『Compassion』を完成させた。「不確かでアグレッシヴな現代社会への回答」とみずからコメントする本作では、人と人の繋がりといった曖昧な事象を取り上げている。〈哀れみ〉や〈思いやり〉を意味するタイトルが示すように、見えないものや他者への想像力を追求することがコンセプトだ。“The Highest Flood”や“Arms Out”など〈声〉を前面に出した曲が目立ち、聴いていると呼気までもが感じられる。

 これまでのダークな雰囲気が後退していることも興味深い。荘厳なストリングスが耳を引く“Raw Language”やピアノの旋律が際立った“Knife Edge”を筆頭に、外向的なナンバーが揃っているのだ。こうした点からは〈メッセージを伝えたい〉という作り手のオープンな姿勢が窺えよう。サウンド自体は前作を深化させたもので、基調にある音要素もこれまでと大きな変化はないが、心構えはだいぶ異なってきたように感じた。

 また、『Compassion』は多角的な表現方法が目につく。例えば先行公開された“Panic”のMVではコンテンポラリー・ダンスをフィーチャーし、サウンドのみならずヴィジュアル面でもメッセージを伝えようと試みている。このような総合アート的なアプローチには進歩の跡が確認でき、マシューの創造性は膨らみ続けていることがわかる。もしかすると、かつて〈ウィッチ・ハウス〉の枠がそうだったように、いまの彼には〈音楽〉という枠すらも狭すぎるのかもしれない。 *近藤真弥