2011年より活動休止期間に入っていた、カナダ/トロント・インディーの主軸バンド、ブロークン・ソーシャル・シーンがついに復活。この度、7年ぶりのニュー・アルバム『Hug Of Thunder』をリリースした。バンド発起人であるケヴィン・ドリューとブレンダン・カニングはもちろん、メトリックのエミリー・ハインズ、スターズのエイミー・ミラン&エヴァン・クランレー、さらにファイストも顔を揃えるなどオリジナル・メンバーの多くが再集合した同作。天上界まで突き抜けていくようなギターと星間飛行を続けるシンセサイザー、勇猛なリズム・セクションというバンドのトレードマーク的なサウンドは長いブランクを経ても力衰えることなく、緩急豊かに昂揚と恍惚へとリスナーを導いてくれる。彼らに先んじて新作を発表したニュー・ポルノグラファーズ、これまた4年ぶりのアルバム『Everything Now』のリリースを控えるアーケイド・ファイアら、カナダ産の大所帯バンドの再起動が目立つ2017年だが、はたしてこの潮流は何がしかの時代性を反映しているものなのか? 音楽ライターの清水祐也が考察した。 *Mikiki編集部
カナディアン・インディーが緩やかに世界を席巻した2000年代
〈あなたがわたしにこぼした飲み物/“Lover's Spit”が繰り返し流れてる〉
上に引用したのは、いまをときめくニュージーランドの歌姫ロードが、ファースト・アルバム『Pure Heroine』に収録した“Ribs”の一節。そして、ここで彼女に歌われている“Lover's Spit”を送り出したのが、本稿の主役であるカナダの大所帯ロック・バンド、ブロークン・ソーシャル・シーン(以下、BSS)にほかならない。
カナダのロック・コレクティヴ、ゴッドスピード・ユー!・ブラック・エンペラーは 99年、来るべき2000年代に向けて『Slow Riot for New Zero Kanada』なるEPをリリースしたが、そのタイトルどおり、ゼロ年代のカナダからは大所帯バンドが次々に登場。やがて世界を席巻することになる。
その先陣を切ったのが、BSSだった。当初はケヴィン・ドリューとブレンダン・カニングの2人によるアンビエントなベッドルーム・プロジェクトだったBSSは、ライヴ活動を始めるにあたってゴッドスピードのレーベル・メイトでもあるドゥ・メイク・セイ・シンクのチャールズ・スピアリンや、スターズのエイミー・ミラン、メトリックのエミリー・ヘインズ、そしてソロ・シンガーとして活動していたファイストことレスリー・ファイストらを迎えたバンド編成となり、彼らを含む総勢15人ものメンバーが参加した2002年のセカンド・アルバム『You Forgot It In People』で一気にブレイク。参加メンバーすべての所属バンドを包括するようなエクスペリメンタルかつポップなサウンドに変化し、前述した“Lover's Spit”やファイストが歌う“Almost Crimes”など代表曲を数多く収録したこの作品は、カナダのグラミー賞と呼ばれる〈ジュノ・アワーズ〉で最優秀オルタナティヴ・ロック・アルバムを受賞し、先日に日本で初上映されたライアン・ゴズリング主演映画「ハーフネルソン」でも、"Stars & Sons"や“Shampoo Suicide”といった収録曲が大々的にフィーチャーされていたことも記憶に新しい。そしてBSSを語るうえで忘れてはならないのが、ケヴィン・ドリューが主宰するレーベル、アーツ&クラフツ。関連バンドに加えて、フランスのフェニックスや、ウェールズのロス・キャンペシーノス!といった海外のバンドのカナダ盤もリリースし、かの地の音楽シーンにおけるハブのような役割を果たしている。
一方その頃、カナダの西海岸ヴァンクーヴァーでは、サブ・ポップ所属のパワー・ポップ・バンド、ザンパノのメンバーだったA.C.ニューマンが、オルタナ・カントリー・シンガーのニーコ・ケイス、デストロイヤーことダン・ベイハーらを誘ったスーパー・バンド、ニュー・ポルノグラファーズを結成。2000年に地元のレーベルからひっそりとリリースされたファースト・アルバム『Mass Romantic』が3年後、USインディーの名門マタドールから再発されると、屈託のないパワー・ポップ・サウンドで一躍レーベルを代表する人気バンドになっていく。そして2004年には、テキサス出身の大男ウィン・バトラーと、ハイチ難民の娘レジーヌ・シャサーニュの夫婦がモントリオールで結成した7人組アーケイド・ファイアが、ファースト・アルバムの『Funeral』をリリース。ゴッドスピードのメンバーが所有するスタジオ、ホテル2タンゴでレコーディングされたこのアルバムは、制作中に亡くなったメンバーの親族に捧げられたエモーショナルな楽曲が多くの人々の心を動かし、グラミー賞にもノミネートされ、さまざまなメディアで2000年代のベスト・アルバムに選出されることになった。
そして2005年10月には、BSSがセルフ・タイトルのサード・アルバム『Broken Social Scene』をリリース。同年5月に行われた初来日公演や、スターズやファイストのブレイクを経て高まる期待に見事に応えた本作で、バンドはここ日本でも多くのファンを獲得した。
マック・デマルコ、グライムス、デストロイヤー……〈個〉の時代へ
いま振り返ってみれば、そんなカナダの大所帯バンドがひとつのピークを迎えたのが2010年だったと言えるのかもしれない。アメリカ、イギリス、カナダでチャートの1位を獲得したアーケイド・ファイアのサード・アルバム『Suburbs』がグラミー賞の年間最優秀アルバムを受賞し、(自身も大所帯バンド、ポリフォニック・スプリーのメンバーだった)セイント・ヴィンセントことアニー・クラークや、ベイルートのザック・コンドンがゲスト参加したニュー・ポルノグラファーズの『Together』も過去最高のチャート・アクションを記録。BSSもトータスのジョン・マッケンタイアを共同プロデュースに迎えた4作目『Forgiveness Rock Record』をリリースしているが、このアルバムを最後にバンドは活動を停止してしまったのだ。そのはっきりとした理由は語られていないが、大人数ならではのバンド運営の難しさもさることながら、メンバーやリスナーの音楽的な嗜好が細分化されていくなかで、全員が集まって活動することの必然性が薄れていってしまったのではないだろうか。
そしてこの頃を境に、カナダの音楽シーンのトレンドも大所帯バンドから、 マック・デマルコやグライムスといったソロ・ミュージシャンへと移り変わっていくことになる。ブライアン・フェリーの『Boys And Girls』(85年)に影響されたというデストロイヤーのアーバンな2011年作『Kaputt』が絶賛され、ダン・ベイハーが〈ニュー・ポルノグラファーズのメンバーの1人〉という認識を覆したことも象徴的だが、ブロークン・ソーシャル・シーンやアーケイド・ファイアのメンバーたちも次第にソロ活動が活発になっていった。
BSSの創設者であるケヴィン・ドリューもそのひとりで、2014年にソロ・アルバム『Darlings』を発表。だが、翌2015年の暮れ、彼の耳に飛び込んできたのは、11月13日にパリを襲った痛ましい銃乱射事件のニュースだった。メンバーの多くが暮らすモントリオールはフランス語圏でもあり、パリのコンサート会場で起きた事件は他人事ではなかったのだろう。いてもたってもいられなくなった彼はメンバーたちと電話で連絡を取り合い、数日のうちに、ふたたびバンドを始める決意が固まっていたという。
対立と炎上の時代に掲げる、新たな〈連帯〉
そんなブロークン・ソーシャル・シーンの7年ぶりの新作『Hug Of Thunder』には、エイミー・ミラン、エミリー・ヘインズ、そして先日に最新作『Pleasure』をリリースしたばかりのファイストといった歴代の女性ヴォーカリストたちに加え、過去のアルバムに参加してきたほぼすべてのメンバーが集結。今年の4月にリリースされたニュー・ポルノグラファーズの新作『Whiteout Conditions』にダン・ベイハーが参加しておらず、一抹の寂しさを感じさせたのとは対照的に、新ヴォーカリストのアリエル・エングルや元ジェリーフィッシュのロジャー・マニングらも交え、時代に逆行するかのような、マキシマムなロック・ジャムを繰り広げている。幾重にも重なったギターとヴォーカルが束になって襲いかかってくるような迫力と、繰り返されるフレーズによって生み出される昂揚感は、メンバーのソロ活動では聴くことのできなかった、マザーシップとも言えるBSSならではの醍醐味だ。
「僕たち人間は繋がっていない。僕たちに与えられているのは見せかけの繋がりで、みんなそれに気付いているんだ。人前にいるときよりも、ネット上のほうが声が大きい人がいるけど、そんなのは間違ってる。ある意味では人間の倫理に反しているよ。目で会話をするのは時代遅れになっていて、それも間違っていると思うんだ」
ケヴィン・ドリューは海外のラジオでそう語っていたが、ソーシャル・メディアでは毎日のように特定の誰かに集中砲火が浴びせられ、新たな火種を探す人たちで溢れている。そんな現在を予見していたかのようなバンド名を持ち、メンバー全員がソロ・プロジェクトを持つミュージシャンでもある彼らがふたたび集まり、向かい合って楽器を奏でること。それこそが、孤立化や分断が進む社会に対する、最大のアンチテーゼになっているのではないだろうか。
一方のアーケイド・ファイアも、ドナルド・トランプ大統領就任式の前日となる今年の1月19日に、ベテラン・ソウル歌手メイヴィス・ステイプルズとのコラボレーションによる新曲“I Give You Power”を発表。売り上げの全額を移民の入国規制に反対するアメリカ自由人権協会に寄附したことも話題になった。そして、彼らが7月28日にリリースするニュー・アルバム『Everything Now』の表題曲はダフト・パンクのトーマ・バンガルテルとの共同プロデュースによるもの。彼らが昨年ニューオーリンズのフェスティヴァルに出演した際に録音した観客の歌声と、かつてフランス領だったカメルーンのミュージシャン、フランシス・ベベイが白人富裕層を皮肉った“The Coffee Cola Song”がサンプリングされている。
国同士の対立が深まり、個人の利益が追求されるこの時代に、〈連帯〉を掲げるカナダのバンド2組が同じ月に新作をリリースすることは、単なる偶然ではないだろう。BSS新作のタイトル曲にして、ファイストがヴォーカルをとった“Hug Of Thunder”の歌詞が印象的だ。
〈通りを渡ったところに軍事基地があった/わたしたちは彼らが訓練するのを見ていた/寄りかかりながら〉