原典を探求したシュトゥッツマンの意欲作
「イタリア古典歌曲」は音楽大学の声楽授業の課題曲として有名で、これまで教育用と思われてきた。リサイタルでも鍵盤楽器の伴奏によってうたわれる。そのオリジナル楽譜を2年間に渡って研究し、世界初企画のオーケストラ伴奏による録音を完成させたのが、コントラル歌手ナタリー・シュトゥッツマンだ。
「長年この歌曲は知っていましたが、いい演奏を聴いたことがなかった(笑)。ある日、パヴァロッティの演奏を聴き、あまりに美しい曲想に驚き、オリジナル楽譜のオーケストラ伴奏のスコアを探そうと思ったのがきっかけ。原典は世界中の資料館や図書館に保存され、捜し歩くのが大変でした。何度、途中でやめようかと思ったかわからない。でも、これらの歌曲はとても内容が深く、表現力豊かで、絶対に人の心に響く歌だと思ったため、何がなんでも自分でうたいたかったの」
シュトゥッツマンは数多くの作品のなかから23曲を厳選し、自身が2009年に創設した室内オーケストラ、オルフェオ55を指揮してうたい上げている。
「音響のすばらしい教会で、5日間かけて集中的に録音しました。この録音は長く聴いてほしいと願っているため、いつ聴いても新鮮な気持ちで耳を傾けてもらえるよう、それを念頭に置いてうたいました」
シュトゥッツマンの声は低くのびやかで色彩感豊か。聴き手の心の奥にゆっくりと浸透し、感動の泉を徐々に満たしていく。オーケストラとの息もピッタリ。
「私は子どものころから指揮者になりたいと思っていました。でも、音楽院では指揮のクラスに女性は入れてもらえなかった。ですから独学でスコアを読み、指揮の勉強は続けてきました。夢を胸に秘めて……」
歌手として成功を収めてからもフィンランドのヨルマ・パヌラに師事して指揮を学び、やがて小澤征爾、サイモン・ラトルがその手腕を認めるようになる。
「マエストロ・オザワとラトルは私の指揮を実際に見て、指導してくれました。私は30年間コントラルト歌手として活動してきましたが、今後30年は指揮者の活動が増えそうです。もちろん、シューベルトの3大歌曲もうたいますし、イタリア古典歌曲の研究も続けますよ。でも、指揮は私を成長させてくれるのです」
いまやブラームス、マーラー、ワーグナーなどの指揮で世界各地のオーケストラに客演。来年はベートーヴェンの交響曲全曲演奏が予定されている。
「時間があると地中海に小型船を操縦して繰り出し、泳いだりダイビングしたり。海の空気はのどにいいの」
この新譜からはそんな地中海の空気が伝わってくる。詩の内容も多彩で、彼女の発音と歌唱はときに官能的、また濃密でもある。永久保存盤になりそうだ。