日本とロシアのスーパー・サクソフォニストによる多才&多彩なデュオ・アルバム
現代音楽やロックなどを通してサクソフォンの新たな可能性を追求する松下洋と、ロシアの正統派サクソフォニストとしてその名を轟かせるニキータ・ズィミン。サクソフォンの二大国際コンクールの覇者であるふたりがデュオを組み、1stアルバムをリリースした。その演奏は超絶技巧満載でありながらも、まず音楽ありき。サクソフォンの繊細な音色と、濃密な音楽性に耳を奪われる。「超絶技巧は上手ければ上手いほど超絶技巧に聞こえなくなる」と語る松下に話を聞いた。
ともに1987年生まれのふたりは、世界各地のコンクールでたびたび顔を合わせる仲だったという。
「2014年に、自分が優勝したジャン=マリー・ロンデックス国際サクソフォンコンクールと、ニキータが優勝したアドルフ・サックス国際コンクールがあって、その翌年に副賞としてストラスブールでオーケストラとコンチェルトを演奏する機会があったんです。そこでニキータと一緒に過ごし、共演しようという話に。2016年に日本で初リサイタルが実現しました」
アルバムにはプーランク《三重奏曲》とP.ジュナン(旭井翔一編)《ヴェニスの謝肉祭》でのデュオのほか、それぞれのソロ曲もたっぷり収録されている。
「デュオとしての相性は、とても良いと思います。向いている方向がかなり近いので、スタイルや細かいニュアンスといった部分でのズレがひとつもない。〈こうきたら、次はこう〉と自然に分かり合えるような。違いがあるとすれば、ニキータのロシア的な音楽性でしょうか。大きなフレーズは力強い音で、美しいところはとことん美しく歌う。超絶技巧ばかりが注目されがちですが、じつは音程とか基本的な部分に誰よりも細かく気を遣っているんです。クラシカルな演奏こそが、彼の本当の凄さだと思います」
一方、松下のソロによる3曲も、それぞれまったく異なる音楽性のコントラストが面白い。
「サクソフォンの音色はピアノによく溶け込むので、シューマンの作品に合うと思いました。《幻想小曲集》での明るさと暗さが絶妙に入り混じった感じ、独特のシューマンらしさは出せたかなと。旭井翔一くんの《ぶぼぶぼ》は、リードのかわりにプラスチックの板をはめて吹いたもの。彼はクラシックもジャズも書ける天才でありながら、いちばん好きなのはノイズ系という変わり者なんですよ。J.ドーシーの《ビービ》で使ったCメロサックスは、1930年代頃にアメリカで流行った家庭用の楽器。C管なので歌やピアノの譜面を見てそのまま吹けるんです。今では幻の楽器ですが、ネットオークションで見つけて衝動買いしました(笑)」
ふたりに託されたサクソフォン界の未来は明るい。