オーケストラル・ポップ、チェンバー・ポップの作品の歴史的系譜を、いま、2018年に作るとするなら、このグリフ・リースのニュー・アルバム『Babelsberg』はその最新ポジションに置かれるべき一枚だろう。ここからはニーノ・ロータ、ジェリー・ゴールドスミス、あるいはジョン・バリー、もちろんバート・バカラックといった偉大なるコンポーザーやストリングス・アレンジャーたちの過去の素晴らしい仕事への敬意が確かに見てとれる。
けれど、それ以上に伝わってくるのは、そうした先達の功績を享受しようとするがあまり作品自体の敷居を高くしてしまうことへの反発だ。カジュアルなポップスであろうとするその目線の低さは、大衆に寄り添おうとする優しさと包容力の現れにほかならない。この男はやはりポップ・ミュージックをポップ・ミュージックたらしめる〈何か〉をよくわかっているのだろう。ポップ・ミュージックはその〈何か〉を語るものなどではなく、それ自体が〈何か〉であるべきなのだ、と。
ウェールズから英国シーンを豊かにしたスーパー・ファーリー・アニマルズ
スーパー・ファーリー・アニマルズ(以下、SFA)がファースト・アルバム『Fuzzy Logic』(96年)を発表してから、早いもので今年で実に22年になる。デビューした当初は、プライマル・スクリームやオアシスなどをヒットさせてさらなる時代を切り開いていた人気レーベル=クリエイションの、野球で言えば3番あたりの重要なバッターとして大活躍をした。
飄々とした風合いの奇妙なメロディーと、生演奏だけではない、テクノや電子音楽、フロアありきの音作りへのアプローチも厭わない柔軟な感覚は、ブリット・ポップ終息後の、より多様化する英国シーンを彩り豊かなものにしていたと言っていい。社会への批評眼をたっぷりのロマンティシズムとほんの少しのニヒリズムで表現するユーモラスな歌詞も彼らの魅力の一端だった。そんな初期SFAのひとつの到達点は99年に発表され、それまで以上に高いセールスを記録した3作目『Guerrilla』だったと言っていい。
そんなSFAのメンバーのなかでもひときわ大柄の男、グリフ・リースはその人懐こいキャラクターで日本でも愛されてきたバンドのフロントマン。彼は、ウェールズというイングランドとはまったく異なる言語や文化、歴史を持つ〈母国〉への愛着と誇りを常に胸に秘めた音楽家でもある。クリエイションからデビューする前、地元のレーベル=アンクストから“Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyndrobwllantysiliogogogochynygofod(In Space)”(95年)という〈世界でもっとも長い曲名のシングル〉という認定をギネスから得たEPを発表していたこともあったが、一定の人気を得てから発表された『Mwng』(2000年)ではついに全曲ウェールズ語で歌詞を書くことを解禁。初のソロ・アルバム『Yr Atal Genhedlaeth』(2005年)に至っては、同じウェールズ出身で一足先にデビューしていたゴーキーズ・ザイゴティック・マンキと共振するかのように、長閑でやや幻想的でさえあるウェールズ産フォークロア・ポップ路線に舵を切っていた。この頃、グリフに取材をした筆者は、ゴーウェル・オーウェンという心を許しあえる同郷のプロデューサーとともに、ウェールズのトラディショナルな民族音楽を継承していこうとする意欲をその会話のなかに感じ取ったものだった。