©Steve Tanner

 レディオヘッド、アトムス・フォー・ピース、ザ・スマイルといった名だたるバンドのフロントマンであるトム・ヨークは、ソロ・プロジェクトでも実績を残しており、その一環として劇伴作家としての顔も持つ。ルカ・グァダニーノの「サスペリア」(2018年)で本格的に映画音楽にデビューしたトム・ヨークにとって、今回リリースされる『Confidenza』は自身2作目のサウンドトラックだ。

THOM YORKE 『Confidenza』 XL/BEAT(2024)

 作品の本編は、イタリア人の映像作家であるダニエーレ・ルケッティ監督が元教え子と恋愛関係になった教師を描いたもの。その音楽は、トム・ヨークのソロ・ワークスのなかでもとりわけ興味深い。『Suapiria』やスマイルの最新作『Wall Of Eyes』(2024年)に続いて、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ(以下LCO)とプロデューサーのサム・ペッツ・デイヴィースが参加。スマイルでドラムを叩くトム・スキナーも召喚されている。

 昨今、シガー・ロスやマシュー・ハーバートらとクラシック~現代音楽の垣根を越えたさまざまなコラボレーションを成功させてきたLCOによる演奏は、複層的なストリングスに鳴らされるドローンが印象的な“The Big City”、トムのヴォーカルと壮大なストリングスが絡まりながら奇妙な時間を形成する“Four Ways In Time”などを聴けば、本作でも輝いていることがわかる。

 もちろん、『Confidenza』の持つ特徴はLCOだけでは語れない。スマイルの作品でも演奏しているロバート・スティルマンのサックスやクラリネットをはじめとしたホーン・セクションに醸されるジャズ的なエッセンスが、ユニークな音響と色彩を加えている。それらの管楽器はいろいろな表情を見せていて、“Letting Down Gently”での多彩なホーンのレイヤリング、“Secret Clarinet”での物悲しくミニマルなクラリネットの響き、“Nosebleed Nuptials”における退廃的な音色など、聴きどころが多い。また、トム・スキナーのプレイにも注目すべきだ。不可思議なリズムを叩き出す“Bunch Of Flowers”や空間をうっすらと支配するハイハットの刻みが特徴的な“A Silent Scream”、リズムと音響の狭間で揺れ動く“On The Ledge”などで、存在感を発揮している。

 そして、個人的にもっともおもしろいと思うのは、『Confidenza』においてクラシックとジャズを接合しているアンビエント・サウンドの存在だ。その魅力は表題曲の“Confidenza”に顕著に表れている。ゆったりとしたストリングスとロング・トーンのヴォーカルやシンセサイザー、ホーンのドローンが織りなす繊細なテクスチャーが耳を惹くこの楽曲は、まさしくトム・ヨーク流の最新型アンビエント・ミュージックと言えよう。また本作で唯一、歌モノのバラードとしても聴ける美しい“Knife Edge”も、サウンドによく耳を澄ませてみると、繊細な音響が重なったアンビエント的な音作りになっている。他の楽曲についても、そのような観点から聴いてみると、本作に流れているアンビエント・ミュージックとしてのおもしろさが伝わるはずだ。

 サウンドトラックというフォーマットには、サウンドを目的の映像に当てはめなければいけないという制約があるが、創作にとって制約は新たなステップに繋がることがある。これまでもクラシック~ジャズ~アンビエントといったジャンルに接近する音楽を幾度も手掛けてきたトム・ヨークだが、『Confidenza』はアンビエントを軸にしつつ、ジャズとクラシックを作品の中で巧みに同居させており、彼にとって新たな一歩と言えるサウンドを手にした。劇伴作家としてのトム・ヨークの活躍は今後も見逃せない。

左から、ザ・スマイルの2024年作『Wall Of Eyes』、トム・ヨークによる2018年のサントラ『Suspiria』(共にXL)