〈ロック〉であるための必要条件とは何か、などと考えるのは、時代錯誤も甚だしいし、なによりダサいことこのうえない。しかも、答えのないことだ。では、〈ロック・バンド〉であることの必要条件は? どう考えても、2人以上の人間がロックという音楽をやっている、という答えしか思い浮かばない。

例えば、ヴォーカリストのアラン・ヴェガ、シンセサイザーとチープなドラム・マシーンを操るマーティン・レヴからなるスーサイドは、たった2人きりだし、その編成やサウンドは一般的なロック・バンドからはかけ離れているが、いまや誰もが認める偉大なロックンロール・バンドとして認められている。Klan Aileenの2人が発する轟音に身を任せながら、そんなことばかり考えていた。〈ロック〉とは何か、〈ロック・バンド〉とは何か……。

6月18日、雨のそぼ降る渋谷の街を抜け、Shibuya Milkywayへと足を踏み入れると、薄暗いフロアに人がひしめき合っている。客層は年齢も服装もバラバラで、女性客が多いことに気が付く。フロアには、ギターとギター・アンプが3つ、そしてベース・アンプ、ドラム・セットが置かれている。この日のKlan Aileenのワンマン公演〈9th Floor〉は、恒例となっているフロア・ライヴだ。

開演の20時を10分ほど過ぎ、フロアの人口密度も高くなってきた頃、松山亮(ヴォーカル/ギター)と竹山隆大(ドラムス)の2人がステージ――いや、フロアに現れる。照明は最小限になり、観客のいるステージのほうは真っ暗になっている。唐突にジミ・ヘンドリックス風のギター・リフが始まるとともに、竹山が〈Free your mind〉と繰り返しつぶやく。そこに竹山自身のドラムスも加わると、つぶやきもシャウトに近いものになり、そのまま“心配性”へと雪崩れ込んでいく。

足元に10以上のエフェクターを並べている(もちろん、その中にはビッグマフやブルースドライバーが含まれている)松山のギターの音は、この時点で異常なほどの大音量で、開演前には下の階のライヴハウスから大きく響いていた低音が完全にかき消されている。その音は、ノイジーだが、眩惑的。極めてドライで暴力的だが、どこかセクシーで、陶酔を覚えさせるものだ。

“心配性”、そして“脱獄”と新作の『Milk』からの楽曲を立て続けに演奏すると、松山は「大丈夫でしょうか。音はちゃんと聴こえてるでしょうか」とぶっきらぼうにつぶやく。確認するまでもなく、もちろん、じゅうぶん過ぎるほどの音量で聴こえている。ベース・アンプを含め4台のアンプから発せられるギターはなおさらだ。

続くのは、ファースト・アルバム『Astroride』(2012年)から “The Man I Left”。後半、ブルージーだが引きつったような奇妙なギター・ソロが展開されるなか、竹山が次第にテンポを上げていき、前作『Klan Aileen』(2016年)の“Selfie”へと繋ぐ。

先日、Twitterで松山の書く歌詞のおもしろさを指摘している人を見かけた。“Selfie”という曲名にも表れている通りに、Klan Aileenの歌詞には同時代的なモティーフが含まれていることが多い。しかし、深いリヴァーブと気怠い発声の松山の歌からは、ほとんど意味のある言葉を聴き取ることができない。ライヴにおいて、それは特に顕著だ。ただただ〈歌のようなもの〉が聴こえてくるだけ。歌詞を知るためには、CDの歌詞カードを手に取るほかない(ちなみに新作『Milk』の歌詞は、そのおもしろさがさらに増していることを付記しておきたい)。

同時代性といえば、“Selfie”などの楽曲からはコペンハーゲンのポスト・パンク・サウンドとの共鳴が聴き取れる。曲によっては、NYのザ・メンの初期のガレージ・パンクを想起させるし、ディアハンターのサイケデリアや、サンフランシスコのジー・オウ・シーズのどん詰まり感を思わせる瞬間もある。

同時に、Klan Aileenの音楽は、フラワー・トラベリン・バンドのオリエンタリズムを逆手に取ったサウンドから、裸のラリーズや不失者、High Rise、そしてゆらゆら帝国まで、この国の半世紀にわたる奇妙なサイケデリック・ロック史を振り返っているかのようでもある。

しかし、バンド名を並べてみても何の意味もない。結局は、Klan Aileenに似たバンドはいないのだ。2人という最小限のバンド編成でチキンレースのようなライヴを繰り広げながら、〈サイケデリック〉の意味、そして〈ロック〉の意味を問い返している。答えのない問いを、轟音として叩きつけている。たった2人で。ロック・バンドの最小単位で。

ライヴの後半、トライバルなビートを反復する“Infra”から性急な“Nightseeing”への流れには、ハッとさせられる。“死の集まり”から“Happy Memories”への展開も同様で、いきなり冷たい水を浴びせかけられたかのような、あるいは顔を叩かれたかのような衝撃を受ける。

単調なハンマー・ビートから高速のロックンロール・ビートへと何の前触れもなく突っ込んでいくそのそっけなさ、乾ききったハードボイルド主義、何者にもおもねらない不敵さこそがKlan Aileenの態度だ。

70分ほどのセットを終えた後のアンコールでは、「1曲だけやります」と “Masterbation”を演奏。単調なビートはどんどんテンポを上げていき、シンプルなギター・リフは次第にヘヴィーさとダーティーさを増していき、ゴールのないレースが繰り広げられる。

竹山のドラミングがフリー・フォームになる瞬間も松山は意に介さないかのようだ(が、今回のライヴで印象に残ったのは、松山が竹山のほうを向き、目を合わせながらギターを弾いている姿だ)。そんななか、Klan Aileenの果てなきレースは突然に終わる。フロアにサイケデリックな残響を、観客にひどい耳鳴りを残して。無比のロック・バンドたるKlan Aileenの本質を垣間見た一夜だった。


〈Hostess Club Presents Klan Aileen“9th Floor”〉
2018年6月18日(月) 東京 Shibuya Milkyway

1. Free Your Mind
2. 心配性
3. 脱獄
4. The Man I Left
5. Selfie
6. Stop My Life If You Want My Heaven
7. 再放送
8. Infra
9. Nightseeing
10. 死の集まり
11. Happy Memories
12. 流氷
〈Encore〉
13. Masterbation


Live Information
〈Hostess Club Presents Klan Aileen“Milk”Tour〉

6月24日(日) 愛知・名古屋 spazio rita
7月1日(日) 大阪・アメリカ村 Clapper
7月12日(木) 東京・新代田 FEVER
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