THE NOVEMBERSの新作『ANGELS』がついにリリースされた。〈ついに〉というのは、リリース前からファンの間で〈次はヤバそうだ〉と話題になっていたからだ。さらに、いままで彼らの音楽に触れたことのなかったリスナーも巻き込み、〈THE NOVEMBERSの新作は絶対に聴いたほうがいい〉というムードが共有されていた。

かくして発表された『ANGELS』。本作はバンド史上もっとも野心的で、ある意味で〈前衛的〉とすら呼べるアルバムとなった。『ANGELS』においてTHE NOVEMBERSは、具体的にどんな音楽的冒険をしているのか? 連載〈Next For Classic〉も好評を博しているライター、八木皓平が紐解く。 *Mikiki編集部

THE NOVEMBERS ANGELS MAGNIPH/HOSTESS(2019)

自分たちの道を歩み続けるTHE NOVEMBERSの行き先

THE NOVEMBERSについては、『Hallelujah』(2016年)がリリースされた際に書いた〈THE NOVEMBERSが新作『Hallelujah』に込めた希望とは? アウトサイダーの系譜引き継ぐバンドの集大成と新境地を紐解く〉という記事で、彼らをロック・ミュージック史におけるデカダンスの系譜に位置づけ、それまでの歩みやオリジナリティーについて書いた。最新作『ANGELS』を聴いたいまでも、以前書いたことを修正する必要はまったくないどころか、彼らが一貫して自分たちの道を歩み続けていることは自信を持っていえる。

だからTHE NOVEMBERSというロック・バンドの概要を知るにはそちらの記事を読んでいただくとして、ここでは『ANGELS』に至るまでの彼らの音楽的進化/深化について考える。そうすることで、現在のTHE NOVEMBERSが目指す音楽、そしてロック・バンドとしての在り方についてひとつの方向性を見出したいと思う。まずは『ANGELS』の前段階として重要と考えられる、“救世なき巣”と“みんな急いでいる”の2曲を改めて振り返ることでこの文章を始めよう。

 

“救世なき巣”とクセナキス――THE NOVEMBERSのサウンド・デザイン

『Rhapsody in beauty』(2014年)の1曲目“救世なき巣”は、ギター・ノイズで作られたドローンが中心の楽曲だ。このサウンドの志向性と、タイトルが〈救世なき巣=クセナキス〉であることを合わせて考えると、“救世なき巣”がヤニス・クセナキスのサウンドを意識した楽曲であることは明白だろう。20世紀の現代音楽において音楽における構造の在り方を再考し、コンピューターによる作曲を行うことで〈音の雲〉と呼ばれるフォルムを確立したクセナキスのサウンドをTHE NOVEMBERSが独自のやり方で捉え直すこの楽曲は、彼らが当時から音のデザインを重視していたことを私たちに教えてくれる。

2014年作『Rhapsody in beauty』収録曲“救世なき巣”
 

THE NOVEMBERSが奏でるノイズ・ミュージックを語る際には、シューゲイザーが引き合いに出されることがよくある。もちろんそれは間違いではないのだが、彼らのノイズはその要素だけに尽きないことが、ヤニス・クセナキスを意識していることから聴き取れる。また、よく聴けば“救世なき巣”には小さくヴォーカルが入っていることから、これが典型的な〈衝動としてのノイズ〉ではなく、きちんとある種の必然性、デザインの感覚をもってサウンドの構造が作られていることがわかるはずだ。

ヤニス・クセナキスが55年から56年にかけて作曲した管弦楽曲「ピソプラクタ」。〈確率による行為〉という意味の曲名どおり、確率論や統計学的な手法で作曲されている
 

THE NOVEMBERSの新作『ANGELS』における大躍進の前段階として、EP『TODAY』(2018年)における“みんな急いでいる”があるのは間違いないが、それよりも以前から彼らが自分たちの音のデザインに意識的だったことを、“救世なき巣”について振り返ることで再度確認した。

 

“みんな急いでいる”で試みられた、音のテクスチャーの実験

“救世なき巣”を踏まえてから『TODAY』に収録されている“みんな急いでいる”を考えると、ずいぶんと見通しが良くなる。この楽曲には流れる水の音や軋む椅子の音をバイノーラル・レコーディングしたものが挿入されている。その環境音は楽曲のアンビエンスを形作るためだけではなく、〈楽器的〉な扱いを受けており、その奥行きやピッチまで考え抜かれて配置されている。

2018年作『TODAY』収録曲“みんな急いでいる”
 

“救世なき巣”ではサウンドの構造に重きが置かれていて、音色はそこから導き出されているようなところがあるが、“みんな急いでいる”では音の肌触り、テクスチャーから構造が導きだされているようにも感じる。前者はドローン、後者はアンビエントという形式を応用することで、彼らは自身の音楽性を着実に進めたといえる。

“みんな急いでいる”でなにより重要なのは、このサウンドや歌詞が“救世なき巣”の時点では産み出せなかったであろうことだ。“救世なき巣”の頃の彼らはおそらく、構造に対するヴィジョンは持ちつつも、音の肌触りやテクスチャーが持つ可能性をいまほど十分に追求できていなかった。そして、それができる知識や経験、必然性を獲得したからこそ、この静謐な世界観を音楽にすることができたのだ。

 

THE NOVEMBERSの変化を象徴する“TOKYO”

構造とテクスチャーという、ほんとうは分かちがたく結びついている両輪を得て、THE NOVEMBERSは『ANGELS』に至る。その変化を如実に示しているのがオープニング・ナンバー“TOKYO”だ。“救世なき巣”~“みんな急いでいる”~“TOKYO”というTHE NOVEMBERSの進化の系譜がこの3曲で描ける。

『ANGELS』収録曲“TOKYO”
 

ダイナミックなドラム・サウンドを軸に、反復的なノイズに溶け込むようなヴォーカルとダークでスケール感溢れるシンセサイザーが立体感溢れるサウンド・デザインを施され、ニューウェイヴ~インダストリアル・ロックの意匠のもとで構築される。トラップ風のリズムや、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー『Age Of』(2018年)で聴けたチェンバロのような音色を取り入れるなど、繊細で野心的なチャレンジも行われており、異様な迫力を持ったこの楽曲で『ANGELS』は幕を開ける。

『ANGELS』の大きな特徴として、ブレイクビーツのような音色/エディットのドラム・サウンドを採用していることが挙げられるだろう。実際に打ち込みの部分もあるのかもしれないが、こういったサウンドはいまのインディー・ロックのトレンドともいえるものだ。前述した“TOKYO”もそうだが、“BAD DREAM”や“DOWN TO HEAVEN”でも聴け、この要素がこれまでのTHE NOVEMBERSにはなかったダイナミズムを『ANGELS』に呼び込んでいることは間違いない。

『ANGELS』収録曲“BAD DREAM”
 

いまは日本国内でも、ロック・バンドのサウンドメイキングの見直しが行われている。そういう意味では一部の楽曲をシカゴに住むグラミー賞受賞エンジニアのL10MixedItに依頼したROTH BART BARON『HEX』や、後藤正文の熱心な研究がバンド・サウンドとして結実したASIAN KUNG-FU GENERATION『ホームタウン』(いずれも2018年)などと共に『ANGELS』は聴かれるべきだろう。

 

ナイン・インチ・ネイルズから受け継ぐインダストリアル・サウンド

『ANGELS』におけるTHE NOVEMBERSのサウンドの一部がインダストリアル・ロックの雄、ナイン・インチ・ネイルズに近い音楽性を獲得していることは興味深く、先行曲として発表された“DOWN TO HEAVEN”にそれは顕著だった。

『ANGELS』収録曲“DOWN TO HEAVEN”
 

ナイン・インチ・ネイルズがそのキャリアで追求してきたインダストリアル・ミュージックとバンド・サウンドの接合が『ANGELS』のサウンドと親和性があることが大きな要因であることはもちろん、初期ナイン・インチ・ネイルズのような、ヴォーカルがサウンドの中に埋め込まれる〈ヴォーカルのサウンド化〉ともいうべきスタイルの継承が聴けることもおもしろい。

そもそもTHE NOVEMBERSのフロントマンである小林祐介はhideからの影響を強く受けており、そのhideはマリリン・マンソン(彼らを見出したのはナイン・インチ・ネイルズ)と交流を持ち自身の音楽にもインダストリアル・ロックを取り入れているので、自然といえば自然な流れではある。

ナイン・インチ・ネイルズの99年作『The Fragile』収録曲“The Wretched”

 

混沌の中で音が輝く“ANGELS”

他にもTHE NOVEMBERSキャリア史上屈指の美しさを誇るシンセ・ポップ“Everything”や、かねてよりライヴで演奏されているスーサイドのカヴァー“Ghost Rider”など、どの曲もサウンドにコンセプトがあって聴き込み甲斐があるのだが、ここではタイトル曲でもある“ANGELS”に触れて本作の音楽的な部分への言及を締めよう。

『ANGELS』収録曲“ANGELS”
 

この論考では『ANGELS』を通して見たTHE NOVEMBERSサウンドの構造と音色の進化について、欧米のインディー・ロックと並べて書いてきた。しかし、欧米のインディー・ロックやその影響を受けた国内のそれは、音のテクスチャーを際立たせる際にそれを音の〈分離〉において行うのが主なケースだ。つまり、それは音と音の隙間が活きたサウンド・デザインなのだが、『ANGELS』の音はむしろ、ある種の〈混沌〉の中でテクスチャーがグラデーションをもって輝くようなものになっているように思える。

それは“ANGELS”の後半のバンド・サウンドに顕著で、どの音も巧妙に空間の中に配置されており、鳴りの良いギターの音や途中で現れる鍵盤の音など、カギとなる音色は存在感を発揮している。しかし、これらは混沌としたサウンドの中で起こっている。

むろん、彼らの音楽にはこれまでもヴォーカルを含めたバンド・サウンドをひとつの塊としてデリヴァリーしようというところはあったものの、『ANGELS』におけるサウンドは、むしろ現在の彼らのサウンドで“救世なき巣”的な〈音の雲〉をもう一度追求しようとしている姿勢にも映る。それは、“救世なき巣”~“みんな急いでいる”~“TOKYO”という流れを線的なものではなく、円環構造にしたかのようだ。このサウンドメイキングがこの先どういった意味を持ってくるのかはまだ見えてこないが、興味深い傾向であるように思える。

 

成長し続ける希有なロック・バンド、THE NOVEMBERS

誤解を恐れず言うなら、THE NOVEMBERSはデビュー以来、地道な研鑽のうえで真っ当な成長を遂げている、国内でも希有なロック・バンドといえる。バンドとしての思想や音楽的スタイルは基本的には一貫しているが、キャリアを重ねるにつれ活動の展開を変化させ、自分たちのサウンドについて常に再考することで進化を遂げている。それは本稿でも示した通りだ。

バンドが成長、成熟といったものと向き合っているということ。それは、彼らが自分たちの企画で将来有望な若手バンドを起用し続けていることからも感じられる。むろん、彼らにとってみれば〈敵じゃないし/味方でもない/やりたいようにやるだけ/俺とお前が/ちょっとでも/よくなるように/めちゃくちゃにやるだけ〉(“Zoning”)なのかもしれない。しかし、やはり彼らの活動からは成長への意志が感じられるのだ。

『ANGELS』の収録曲である“DOWN TO HEAVEN”というタイトルの元ネタは、おそらく森博嗣の小説〈スカイクロラ〉シリーズの「ダウン・ツ・ヘヴン」(2005年)だと思われるが、このシリーズには思春期から成長しない〈キルドレ〉という存在がメイン・キャラクターとして登場している。同作で彼らの存在はしばしば〈大人〉と対比され、〈大人〉はどちらかといえば否定的に扱われている。それは「ダウン・ツ・ヘヴン」の冒頭に「醜い大人たちよ。人の命が美しいか醜いか、戦うことが正しいか間違っているか、誰も教えてはくれなかった。教えられるはずがない、誰も知らないのだ。それを知ることを諦めた奴が大人になる」とあることからもわかるとおりだ。

サブカルチャーにおける〈大人〉のテンプレートといえばそれまでだが、ロック・カルチャーにはいまだにこういった〈大人〉理解が蔓延している。もちろん、THE NOVEMBERSが成長することで到達する〈大人〉はこういったものではないだろう。むしろ彼らは「ダウン・ツ・ヘヴン」の〈キルドレ〉にシンパシーを抱いたまま、〈大人〉になろうとしているように思える。

美しくても正しくても、醜くても間違っていても、どちらでも良いのか?
戦う者だけが、美しさを知ろうとしている。ただそれだけのことだ。
それだけのことで大人になれなかった子供たちが今もお前たちを睨んでいる。

「ダウン・ツ・ヘヴン」冒頭より

美しさや正しさを知ろうとした子どもたちが、その心のまま〈大人〉になれるということを、THE NOVEMBERSは証明しようとしている。

 


Live Information
ANGELS ONEMAN TOUR 2019
3月16日(土)宮城・仙台 LIVE HOUSE enn2nd
3月17日(日)新潟 GOLDEN PIGS BLACK
3月20日(水)愛知・名古屋 CLUB QUATTRO
3月22日(金)大阪・梅田 CLUB QUATTRO
3月24日(日)岡山 IMAGE
3月26日(火)福岡 The Voodoo Lounge
3月31日(日)北海道・札幌 SPiCE(DUCE SAPPORO) 
4月6日(土)東京 マイナビBLITZ赤坂
※小学生以下の入場不可
企画:THE NOVEMBERS/MERZ
制作:SMASH CORPORATION
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