新潟を拠点に活動するトラックメイカーのninomiya tatsukiが、エレクトロニカ系の名門レーベルであるPROGRESSIVE FOrMより、フィジカル盤としては自身初のソロ・アルバム『homebody』をリリースした。これまでネットを中心に細々と音源を公開してきた彼だが、今年に入ってブレイクコア作品を中心としたネット・レーベルのOtherman Recordsより『furiae EP』、同じくネット発のfumin.からはアンビエント作品『tranquil』を立て続けに発表。今年1月には、中国人クリエイターのYikiiとのユニットであるanemoneのファースト・アルバム『anemone』をPROGRESSIVE FOrMからリリースし、Yikiiの絹のようなウィスパー・ヴォイスとninomiya製のエレクトロニカ・サウンドが溶け合った夢想的な聴き心地の良品として注目を集めた。
そのように多様な作風を使い分ける彼のソロ・アルバム『homebody』は、それらの既発作とはまた違った趣きのインスト・ヒップホップ集に。エレピとサックスが絡み合うジャジー・チューン“bleep”を皮切りに、ソウルフルな歌ものから、ナイトメアズ・オン・ワックスにも通じるファット&メロウなレイドバック路線、どこか映画音楽的な雰囲気を帯びた繊細なトラックまで、サンプリングを駆使してみずからの心境を形にした全12曲を収録している。今回は同作の話題を中心に、あらゆる領域に興味を広げていく彼の音楽と制作活動の核に迫った。
その日の気分で、気が向いたら
――ninomiyaさんは非常に多作家の印象がありますが、普段はどんな環境で音楽制作をされてるのですか?
「あまり根を詰めて制作をしている訳ではなくて、気が向いたらという感じです。気分が乗ったらやるし、乗らなかったらやらないし(笑)。普段はCubaseというDAWソフトを使って制作しています。たまにギターやベース、ピアノを弾いて録音して、ごくまれに自分で歌を入れることもあります」
――エレクトロニカやヒップホップ、ポスト・ロック、ブレイクコア、メタルなど、非常に多彩なスタイルの楽曲を発表されてますが、どのように作り分けてるのでしょうか?
「その日の気分や、聴いていた音楽で決めることが多いですね。それで〈今日はアンビエント~ドローン系を作ろう〉と思ったらそれっぽい音をシンセで探したり、ヒップホップ系ならビートを聴きながらウワモノを打ち込んだりしています。今回の作品『homebody』はヒップホップ系ですが、このアルバムを制作した時期もエレクトロニカ系を同時並行で作っていました」
――anemoneでは、中国在住のクリエイターであるYikiiさんと共同で制作されてますね。
「はい。anemoneは、Yikiiさんと共に制作するのが楽しくて結成しました。もともとは私がYikiiさんの楽曲や声が凄く好きで、〈この人の声を活かせる曲を作ろう〉と思ったのがきっかけで。彼女には、私が制作して仮歌を入れたトラックに合わせて歌ってもらって、そのヴォーカルのデータを受け取って自分が編集して制作しています。そのようにして、人と一緒に何かを形にできることに楽しさを見出しました。お互いに個人の楽曲を好んで信頼して制作していることも大きく関係しています」
――Yikiiさんの歌声のどんなところに魅力を感じますか?
「純粋に声質がとても素敵だと思いました。彼女の作る楽曲もとても素敵なのですが、やはりその透き通った透明な歌声が本当に魅力的なのです。中国語だけではなく、英語や日本語など、さまざまな言語で歌えるのも魅力のひとつです」
――anemoneとご自身のソロ作で、取り組み方や意識の違いはありますか?
「特に違いはないですね、どちらも普段通りに制作しています。ですが、例えばanemoneのアルバムの7曲目“requiem”では、ヴォーカルを入れたいと思い自分の歌を入れたらしっくりこなかったので、Yikiiさんに歌ってもらったら理想を叶える楽曲になって。やはり自分以外の人がいるということで、そのようなパターンもあります。でも、(ソロでもユニットでも)普段は何も考えずに制作を続けております」
――ちなみにanemoneというユニット名の由来は?
「以前“アネモネ”という曲を一緒に作ってネットにアップしたことがあったのです。何も考えないで作ったオルタナティヴ・ロックみたいな曲で、あまり聴いてもらえなかったのですが(笑)。そこからピンときて〈anemoneでどう?〉とYikiiさんに聞いたら、〈いいですね〉と返ってきたので決まりました」
12kのテイラー・デュプリーとその周辺の音楽を知って、落ち着くなあと思って
――そのようにいろいろな作品を制作されてるninomiyaさんですが、DTMで制作を始めたのは2015年からというお話です。
「DTMは大学を卒業した2015年から始めました。実は大学在学中に体調を崩してしまって、卒業後も病気が悪化してしまって家にいることが多かったので、ちょっと音楽を作ってみようかなと思って始めたのです」
――それ以前はバンド活動もされてたんですよね。
「学生時代に少しだけやっていました。でも、なんかあまり楽しくないなあと思って(笑)。そのときは、自分がギターやヴォーカルで、オリジナルの場合は曲も作っていたのですが、私は協調性が本当にない人間なので、スタジオで練習する時間とかが苦痛でした。サークルなどで人間的にも技術的にも信頼がある先輩と一時的にやったときは楽しかったのですが、それでも自分一人の世界に閉じこもって制作したほうが楽しく音楽ができるという結論に至りました。今現在、とても楽しく音楽をやれています」
――DTMを始めたころはどんなものを作ってたんですか?
「最初は歌モノのロックを作ろうと考えていたのですが、大学を卒業してから、エレクトロニカとかアンビエント、ブレイクコアなどさまざまな音楽ジャンルを聴くようになったのです。それで、自分が興味を持った音楽を何でも作ってみようと思った結果、作風がバラバラになってしまいました(笑)」
――そういったいわゆるエレクトロニカ系のサウンドに興味を持つようになったきっかけは?
「YouTubeやSoundCloud、Bandcampなどでいろんな音楽を聴いているなかで、心が落ち着く音楽を聴きたいと思った時期があり、新潟で活動されているfuyuru0さんというアーティストに出会ったことが大きく影響しました。その方の聴いている音楽を掘り下げていったところ、12kというレーベルを主宰しているテイラー・デュプリーのことを知って、そこからいろいろと聴きはじめました」
――Twitterのアカウントでは、エレクトロニカ系に限らず、日本のポップスからディープなカセットテープ音源、同人作品まで、いろんな音楽を紹介されてますが、どうやってその興味の幅を広げてるのかなと思って。
「あれはどこかに書いておかないと忘れてしまうので、その都度ツイートしています(笑)。音楽はとにかくネットで調べていますね。それといろんなCDショップやレコードショップに足を運んで情報を得て、買ったり、聴いたりしています。Twitterの情報もかなり役に立っています」
――個人的にはアングラ・ヒップホップの隠れ名盤でもあるAuthenticのアルバム『Patchwork Landscape』(2004年)をピックアップされてることに痺れました。
「Authenticさんは、去年に新潟のレコードショップ〈shabby sic ポエトリー〉でライヴをやっていて。そのときに音源を買って、少しお話をさせていただいたのです。とても素敵な音源でした」
Authentic - Patchwork Landscape pic.twitter.com/hq0VhUGfEQ
— ninomiya tatsuki (@tatsuki_nino) 2017年11月25日
――最初に音楽を聴き始めたのは?
「中学生ぐらいですね。MONDO GROSSOの『NEXT WAVE』、『HENSHIN』(ともに2003年)をよく聴いていました。この作品に入っている楽曲(“SHININ'”など)が『ルミネス』というゲームのBGMになっていて、それがきっかけで聴きはじめました。あとは石野卓球さんとか、『ピンポン』のサントラもよく聴いていました。当時はゲームが好きでサントラをよく聴いていたので、ゲーム音楽から入ったみたいなところはあると思います。アニソンも聴きます」
――そういえばTwitterでWake Up,Girls!の“Beyond the Bottom”(2015年)も紹介されてましたね。あれは自分も名曲だと思います。
「あの曲は初めて聴いたとき衝撃を受けましたね。アニメはまったく観ないのですが、アニソンは友達の車の中でよく流れているので、そこで聴いて素晴らしいなあと思いました」
――特定のシーンから刺激を受けることはありますか?
「シーンとかは全然わからないのです。今更になってヴェイパーウェイヴにハマっているのですが、その周辺の音楽が一番盛り上がっていたのって少し前のことじゃないですか。そういう流行みたいなものがあまりわからないのですよね」
――新潟で活動されてるラッパー/トラックメイカーのSonarrさんとのコラボ曲“供物”をSoundCloudにアップされてますけど、新潟の音楽家とは交流があるんですか?
「最近になって増えました。先ほど申し上げた新潟のレコードショップで、地元で活動されている方とお話をしたり、Twitterにて新潟で活動されている方とコンタクトを取り合ったりとか。Sonarrさんとも、そのお店でSonarrさんの作品を買ったことがきっかけで連絡を取り合うようになって、一緒に曲を作ることになりました」
――そういった地元のシーンからの影響は?
「そのお店はヒップホップの作品を多く取り扱っていて、そこに来る人たちもヒップホップ系の方が多いのです。なので、今回のアルバムはそのお店からリリースされている音源をいろいろ聴いていたら出来上がった感じなのです。自分はそれまでNujabesさんの作品とかは聴いていたのですが、あまりヒップホップには深く入り込んでなくて。そのお店には自主流通のカセットテープとかも置いてあり、この方は新潟の方ではないのですが、GREEN ASSASSIN DOLLARという方の音源があって、その作品が素晴らしいなあと思い、その方の音源を全部聴き漁ったのはかなり大きいと思います」
――GREEN ASSASSIN DOLLARの作品のどんなところに惹かれたのでしょうか。
「トラックの作り込みもそうですし、単純に聴いていて心地良かったのです。ラップが入っている曲もインストの曲も、どの曲も凄いクオリティーだと思ったし、自分もこういう曲を作ってみたいと思って。それが去年のことだったので、去年はずっとその方の音源を聴いていた気がします」
――じゃあ、ヒップホップ系のトラックを作り始めてまだ1年ぐらいなんですね。
「そうですね、本当にまだ作り方もよくわかっておりません」
――それでこのクオリティーの作品を作れるのは驚きですが……。ほかによく聴くヒップホップ作品は?
「う~ん……作品の出た年代とかもわからないままに手広く聴いているのですが、正直なところあんまりわからないのです。GREEN ASSASSIN DOLLARさんや、それに関連するアーティストとか、さっきお話ししたAuthenticさんとか。後は新潟の方の作品が多いですね。Sonarrさんもそうですけど、他にもKragamusaさんとかPrinceさんとかですかね」
〈後悔〉だけでまだまだいくらでも曲を作れそうです
――今回の『homebody』はどんなコンセプトで作られたのでしょうか?
「最初からアルバムを作ろうと思って制作したわけじゃなくて、自分が作った曲の中からヒップホップ系のトラックをまとめた感じの作品なのです。SoundCloudに曲をアップしていたら、(PROGRESSIVE FOrMのオーナーである)nikさんに興味をもっていただいて、リリースすることになって。自分としてはあまり難しく考えずに聴いてほしくて、日々の生活のなかのBGMにしていただければいいなと思います。タイトルがそのままですけど、自分も引きこもりがちなときに作った作品なので」
――ヒップホップ系のトラックを作る際に、それ以外のものを作るときと比べて意識してることはありますか?
「ヒップホップ系を作るときはサンプリングしたビートを聴きながらイメージを膨らませていって、そこからウワモノを打ち込んだり、自分で楽器のフレーズを弾いて入れたりしています。まったく逆の制作パターンもあり、ウワモノを決めてからそれに合うビートをつける場合もあります。例えば8曲目の“homebody”は、ピアノを弾きながら作った曲なのですが、そこにベースを入れて、ビートを加える流れで作りました。ヒップホップはループものだから、凄く感覚的に作れるので、そういうところが楽しいと思います」
――アルバムの表題曲でもある“homebody”は波の音や海鳥の鳴き声も挿入されてて、〈homebody=家に引きこもりがちな人〉というタイトルとは逆に開放的な雰囲気がありますよね。
「自分は家にいることが多いのですが、やっぱり天気がいいと外に出たくなります。でも体調が良くないと出られないので、基本的には家に居て。それで自分は家の中にいるけれど、外のイメージを膨らませるような楽曲にしようと思いついて、出来た曲でした。波の音とかを入れたのは、外に出るなら海がいいなあと思って。たまにちょっと遠出したくなるじゃないですか」
――また今作は一口にヒップホップと言っても曲調の幅が広くて、例えば4曲目の“santalum”はシネマティック・オーケストラ辺りを彷彿させる、女性ヴォーカル入りのジャジーなサウンドになってます。
「この曲は最初、あまり難しいことは考えずにトラックだけ作っていたんですよ。で、たまたま持っていたサンプリングのヴォーカルを入れたらピッタリはまって。曲名は単純にこの曲を作っていたときに白檀(=santalum)のお香を使っていたからで、特に深い意味はないです(笑)」
――普段はどんなことから着想を得て曲を作るのですか?
「基本的には自分が思っていることを曲にしています。9曲目の“boring”は、自分の部屋に居て退屈だったときに作った曲で、自分の心境をそのまま曲にしました。ちょっと気だるい感じで適当にシンセを弾いて作った曲です。“bier”はビールを飲みながら作った曲ですし(笑)。本当になんの捻りもなくて、結構フランクな感じで作った曲が多いです。日々のスケッチみたいな感じですね」
――そのなかで最後の楽曲“regret”だけはグリッチ・ノイズも入るエレクトロニカ寄りの楽曲で、ほかの曲と少し作風が異なりますよね。
「これは本当に素直に作った曲ですね。自分は普段から後悔することが多いのですけど、その気持ちをピアノとちょっと重めのビートとノイズで表現できたらと思って。特にエレクトロニカっぽくしようと意識したわけではないのですが、たまたまビートを刻んでいたらそういう感じになって、そこに音を重ねていったらグリッチとかノイズっぽい音になったのです」
――重々しい雰囲気のストリングスも効果的に挿入されて、非常にパーソナルな楽曲というふうにも感じました。ninomiyaさんはどんなことに後悔の念を抱くのですか?
「別に何もないのに後悔しているときがあるのです。常に〈えっ、何だろう?〉とか〈苦しい〉という気持ちがあったり、過去にあった嫌なことを思い出したり……かなりパーソナルな部分に重きを置いているので、このアルバムの中でもちょっと浮いているかもしれませんね」
――そういうお気持ちは、こうして楽曲にすることで昇華されるのでしょうか?
「はい、ちょっと形にするだけでもされます。そのために音楽制作をやっているところがあるので。〈後悔〉だけでまだまだいくらでも曲を作れるし、アルバム1作まるまるでも出来そうです(笑)」
日記みたいな感じで、自分の思ったことを自分の好きなサウンドで作る
――ご自身のなかで音楽制作という行為をどのように受け止めてますか?
「やっぱり自分の精神状態に寄り添ったものが作りたいし、別に自我を押し付けるわけではないですけど、自分の内面から見て描かれた風景を音楽で表現できたらなと思います」
――先ほども本作について〈日々のスケッチ〉とおっしゃってましたけど、逆に言うとあまり人に聴かせることを意識してない作品というふうにも感じますが。
「う~ん……もともと自分の曲を聴いてくれる人があまりいないのです(笑)。なので、とりあえず自分の中で形にして、ネットにアップしていただけなのです。だから凄くプライヴェートな感じにはなっているとは思います」
――今年に入ってBandcampやネットレーベルから作品を連続リリースされたのは、そういう意識からの変化も理由のひとつとしてあった?
「そうですね。今までは自分の日記でいいや、と思って作り続けていました。でも、それだけだと作っていてもったいないし、どうせならもっといろんな人に聴いてほしいと思うようになって。そしたらネットレーベルの方からたまたま声をかけていただいたり、自分からもデモを送ったりして、作品をリリースすることができました。PROGRESSIVE FOrMからリリースした『anemone』も同じです。anemoneも自分たちだけでやっていたときは反応が薄かったのですが、PROGRESSIVE FOrMからリリースしてから結構聴いてもらえるようになって、凄くありがたいと思っています」
――ninomiyaさんの作る音楽はご自身の日々の心情を表現してるからこそ、いろんな人の気持ちにも寄り添うことのできる、ささやかに広がっていくタイプの音楽じゃないかと思います。今後、音楽家としてどんな活動をしていきたいですか?
「まず、自分のことを音楽家と思ったことはないのですよ。そう名乗れるほどの人ではないと思っています。本当に日記みたいな感じで、自分の思ったことを自分の好きなサウンドで作っていければと思います。辞める気はないので、これからもずっと続けていきます」