ドリーミー・エレクトロニカの新鋭として高く評価されたデビュー作『Phantasmagoria』から早1年。トラックメイカーのyuichi NAGAOがセカンド・アルバム『Rêverie』をリリースした。〈幻想/夢想〉を意味するタイトルの通り、ファンタスティックな世界観はますます深化。前作では多くの楽曲でボーカロイドを用いていたが、この新作ではShinobu OnoHer Ghost Friend)や加奈子禁断の多数決)など5人の女性ヴォーカリストをフィーチャーすることで、ノスタルジックなムードはそのままに、前作よりもドラマティックで表情豊かなサウンドを獲得している。優しい音の波に揺られつつ耳を澄ましてみれば、緻密に計算されたプロダクションの妙にハッと気付く――そんなふうに密やかな発見も楽しめる、長く付き合えそうな一枚だ。

Mikikiでは、ゴーゴー・ペンギンの音楽性を紐解くために、波多野裕文(People In The Box)とyuichi NAGAOの対談記事を今年3月に掲載している。そこでは、菊地成孔に師事したこともある知性派トラックメイカーとしての見地から、音楽理論やDTMの知識を交えつつ新世代ピアノ・トリオの音作りを語ってもらったわけだが、その対談でのやり取りも『Rêverie』の制作にヒントを与えているそうだ。ゲーム/アニメ音楽から最先端のビート・ミュージック、ジャズやヒップホップにまで精通する彼の新境地とは? ベッドルーム・リスナーに捧げられたという本作の制作背景に迫った。 *Mikiki編集部

yuichi NAGAO Rêverie PROGRESSIVE FOrM(2016)

ある種のルーツに対して開き直ることができた 

――前作の『Phantasmagoria』がリリースされたのが2015年の9月だったので、ちょうど1年後のリリースとなったわけですけど。

「本当はもう少し早く出したかったんですけどね。僕はいつも作曲するときに、作業を開始した日の日付を曲のプロジェクト・ファイル名にするんですけど、今回のアルバムでは一番古い曲が〈0101〉というファイル名で、まさに今年のお正月に制作を始めました。毎年お正月は実家でやることがないから曲ばかり作っているんですけど、そんな感じで最初はスケッチのような感じで取り掛かって。トータルのイメージとしては、前作の“Jewel Eyed Girl”という曲における〈ストリングスと変拍子による、キラキラとしたエレクトロニカ〉というコンセプトをより発展させて、もっと楽曲を量産できたらと考えていました」

――アルバム全体がヴォーカリストを迎えた歌モノになっている点も、前作と新作の大きな違いですよね。

「最初はそこまでヴォーカルについて意識してなかったんです。歌モノにするというよりは、作曲そのものをシンプルに突き詰めたかったので。あとは作曲に落とし込むための手段として、ストリングスやホーンだったり、生楽器を用いたアンサンブルのアレンジにこだわりたかった。それをエレクトロニカ/アンビエントのフォーマットに落とし込もうという狙いが最初にあったんです」

――なるほど。

「それで歌モノにしようと思ったのは、今年の3月くらいに……さっきも話したように、曲のファイル名が日付になっている〈0305〉と〈0306〉という2日立て続けに作った曲があって。それが最終的に、SoundCloudで先に公開した“ハルモニア”と“Ending Story”になるんですけど、その2曲がパッと出来上がったときに〈これは歌が必要になってくるな〉と思ったんですよね。それまでに作っていたデモはインストでも成立するものでしたが、これは歌が中心に欲しいなと」

――前作のインタヴュー(ototoyに掲載)では、ゲーム音楽のことをお話いただきましたよね。今作は勝手な妄想ですけど、アニメのサントラやイメージ・アルバムなどを想起しました。プロの劇伴作家による歌モノ作品集のような趣というか。

「インディー・レーベルからのリリースとはいえ、クォリティーに関してはこだわりましたね」

――そういう意味で、今回の『Rêverie』は〈ゲーム音楽出身のアニメ音楽作家〉みたいなサウンドだと思いました。

「話がちょっと飛びますが、元ナタリーの唐木元さんが、いまはアメリカのバークリー音楽院に留学されているんですけど。その唐木さんが以前、〈前はクールジャパンなんてアホか、そもそも日本のことなんて誰も知らんわ!と思っていたけど、最近はひょっとしたらクールジャパンもイケるかもしれないという気がしている。ただしそれは、世界の弱者の吹き溜まりというか、シェルターとしての機能を担うという意味であり、想像しているのとはだいぶ違うだろう〉とツイートされていて。それを読んだときに、自分のなかで日本的/オタク的な価値観との付き合い方がようやく腑に落ちたところはありますね。アニメやゲームからの影響は大きいけど、それをストレートに出すのを良しとする文脈とは違うところで音楽活動をしてきた自分にとって、ある種のルーツに対して屈折した距離感が長らくあったのですが、それがようやく開き直れたというか」

――確かに〈振り切れている〉と、この作品を聴いて感じましたね。

「(アニメやゲームは)自然に影響を受けてきたものだから、いまさら恥ずかしがったりする必要はないなと。どこに迎合するわけでもなく、好きなものをストレートに出そうという気持ちにようやくなれたというか。もちろん、海外のいわゆるカッコイイ方面のクラブ・ミュージックも好きだし、それと同じレヴェルの音楽を日本で作っている人も当然いるわけで、そういう人たちのことも尊敬しています」

 

音楽が消費されるうえで、替えの利かない部分が重要になる

――NAGAOさんはいろんなジャンルの音楽に精通されていると思いますが、最近聴いているものや意識しているものはありますか?

「制作中に改めて聴き返したのはSerphですね。キラキラしたエレクトロニカを作るうえでは先輩というか、やっぱり好きな方なので。あとは同人音楽系のbermei.inazawaさんもよく聴きました。『ひぐらしのなく頃に』のエンディング・テーマを手掛けた方なんですけど、ストリングス・アレンジが物凄く綺麗だし、切ない感じのテンションに惹かれます。あとはクラシックだと、ラヴェルドビュッシー。10年くらい前に、クラシックを意識して聴きまくった時期があるんですけど、そのなかでもフランスの近代音楽に一番ハマって。それも劇伴やゲームのサントラなどからの間接的な影響なのかもしれないですね」

Serph の2010年作『vent』収録曲“feather”
bermei.inazawaの2016年作『worldlink op.1』のトレイラ―音源
 

――なるほど。

「ちなみに、『Rêverie』というアルバムのタイトルも、ドビュッシーの大好きなピアノ曲の名前から拝借しました。直前まで決まっていなくて、長らく〈0305〉みたいに日付を仮タイトルにしていたんですけど、Q-TAさんのアートワークが仕上がったことで、曲の持つ詩的なイメージがヴィジュアルとして具体化された。それに助けられましたね。アートワークからインスピレーションを得て、大幅にアレンジを変えた曲もあります」

『Rêverie』のアートワーク
 

――前回のインタヴューで、〈ヒップホップがルーツにあるビートメイカーは、理屈ではなくリズム感とヴァイブスで(ビートを)ヨレさせる。それはとてもカッコイイけど、ちょっと自分にはできない。だから黒人的に身体的に揺らすのは、そういうセンスのある人がやれば良くて、僕は頭で考えて作ります〉といったことを話していたのが印象的だったんですよね。そういったビートの格好良さも理解しつつ、自分は別のやり方でいこうと。

「欲を言えば、カッコイイものを聴いたり観たりすると自分でもやってみたくなりますし、時間が許せばなんでも全部やってみたいという気持ちもあります。でも流石に、リソースの配分には限界があるので、ひとまずは自分の好きな方向にフォーカスして、自分のヴェクトルでやっていこうという感じですね」

――そういったリズムの面で、今作はどんなところにこだわりました?

「今回は複雑なポリリズムはそこまで使ってなくて、曲で言うと“Ray”くらいですね。あとは比較的シンプルなクロス・リズムの発展系とか、変拍子だったりを中心にして作りました。そういう意味でも前作の“Jewel Eyed Girl”の延長線上で、歌モノで変拍子やテクニカルなものをやりたいというのはありましたね。あとは前にMikikiの企画で、People In The Box波多野裕文さんとゴーゴー・ペンギンについて話すという対談をやらせていただきまして。それがきっかけでPeople In The Boxにハマってよく聴いているんですが、彼らのアプローチはすごくカッコイイんですよね。ポップな歌モノをフォーマットにしているのに、リズムもかなり凝っているし、綺麗な和声を落とし込むなどクラシカルなセンスも感じられて。メジャーで活動しているのに、メチャクチャ攻めているんですよね」

People In The Boxの2015年作『Talky Organs』収録曲“逆行”
 

――あの対談を読んで、僕も好感を抱きました。

「実は今回の作品で、すごく影響を受けたのかもしれない。もちろんロックなので、エモく突っ走ったりする瞬間もあるんですけど、(全体的に)テンションがちょうどいいんですよね。品があるというか。あと、その対談で波多野さんは演奏家としての矜持についても語っていて。僕は自分で楽器を演奏しないので、ふむふむと聞きながら、フェティッシュにこだわる部分については自分も意識していこうと思いました」

――というと?

「エレクトロニック・ミュージックの世界では、何か流行のフォーマットが現れると、それが一気に共有されやすい。それによって楽曲やシーンのレヴェル自体は上がるけど、万遍なく最適化されることで、多様性がスポイルされてしまう側面がなきにしもあらずだと思うんですよ。それはそれでいいけど、音楽が消費されていく流れのなかでは、替えの利かない部分こそがより重要になってくると思うんです。そのためにはやはり、どれだけ細部についてフェティッシュにこだわれるかだと思うので、そこは突き詰めていきたいですね」

――NAGAOさんとしては、具体的にどんなところをこだわりたいですか?

「自分の場合は作曲面やリズムのヨレ、変拍子のアプローチだったり。あとはポップになりすぎないように気を配りつつ、聴きやすくて美しい和声とメロディーの関係にもこだわりたいですね。コード進行もただシステマティックに考えるのではなくて、ちゃんと楽曲として必然性があるというか、有機的に成立するようにしたい。〈この一音が半音下がってるからいいんだよね〉みたいな部分に、もっとこだわらなくちゃって」