最高のシューマン弾き、そして遅咲きのショパン弾き

 「ホールに帰ってくるのは、いつもどきどきします。いちばん緊張するのは故郷トビリシ。モスクワやペテルブルクなどもね。トリフォニーホールもそう。みんな待ってくれていますから」。そう言って、エリソ・ヴィルサラーゼは大きく笑った。温かな感情がぱあっと、部屋いっぱいに広がるみたいに。音楽に対する真摯な厳しさと、人間的な慈愛がしっかりと結びつくのは、やはり愛する音楽のもとに生きているからだろう。

 近年ますます日本の聴衆や音楽家との絆を深めるヴィルサラーゼ。すみだトリフォニーホールでは2014年と15年にリサイタルを重ね、17年秋には新日本フィルと3つの協奏曲を披露した。この秋のリサイタルに選んだのは、得意のシューマンと、ショパン。

 10代半ばから親しんできたシューマンに対して、ショパンの作品を手がけるのはずっと遅かったという。「アプローチのしかたも音の出しかたもまったく違います。シューマンの音楽は非常に変化に富んでいるので、そこをつかんで弾ければ、まずまずの演奏はできる。ところがショパンになると、良い意味でのセンチメンタルな部分と伝統的な部分、個性的に弾かなくてはいけない部分の配合がとても難しい」。

 「最高のシューマン弾き」と彼女を称えたリヒテルも亡くなって20年以上が過ぎたが、ヴィルサラーゼはいまもそのさきを夢み続けている。このたびは、新たに取り組むという『間奏曲集』op.4と、『ダヴィッド同盟舞曲集』op.6の組み合わせ。いずれも変化に富む小曲集だが、《6つの間奏曲》は特に捉えづらい難曲だろう。「非常に難しく、とても稀有な、興味深い作品だと思う。ほんとうに奇妙な作品で、まさにつかみどころがないのです。いろいろなことを模索しているようで。曲が始まって、終わる。そこが終わりなのは決まっているのですが、でもどうして?  それがわからない」とヴィルサラーゼは愉しげに語る。「若くて将来への希望もある初期の曲なのに、『暁の歌』op.133に通じる晩年作の趣きがある。ほんとうに風変わりで、クレイジーな音楽です。そして『ダヴィッド同盟舞曲集』op.6はまさしくシューマンの世界観。作曲年代は近いのに、信じられないほど違う」。

 ヴィルサラーゼの内にもシューマンが思い描いたような同盟員はいるのだろうか。「もっと大勢いるかも知れない(笑)。いつもさまざまな人間が頭のなかをまわっていて、彼らの世界をいかに結びつけようかと考えていますね」。では、シューマンとショパンはどのようなメンバーでしょう?  「ふたりを友人と呼ぶほど、私は厚かましい人間ではないですよ。ただ、私は彼らのしもべである、ということは言えます」。

 


LIVE INFORMATION

トリフォニーホール・グレイト・ピアニスト・シリーズ2018 エリソ・ヴィルサラーゼ ピアノ・リサイタル
○11/27(火) 18:30開場/19:00開演
会場:すみだトリフォニーホール 大ホール
シューマン:6つの間奏曲 作品4/ダヴィッド同盟舞曲集 作品6
ショパン:バラード第2番ヘ長調 作品38/バラード第3番変イ長調 作品47/ノクターンより/ワルツより
www.triphony.com/concert/detail/2018-08-002766.html