多彩なポップスを歌いこなすあの歌声が、1年を一曲に捧げて18年——〈生きる〉ということを伝える最新のメッセージからデビューまでを遡る十八番の一枚が登場!
〈生きる〉とは
一曲入魂──演歌の世界において、シングルのリリースは年に一作。表題曲となる一曲を、1年通して歌い届け、浸透させていくのが大方の歌手の流儀だ。演歌界の貴公子・惠ちゃんこと山内惠介も、17歳でのデビュー時からずっとその流儀を守り続けてきたわけで。
「明るい歌であれば明るい気持ちで歌いますし、男らしい歌であればそういう自分を前に出したいと思って歌い、〈愛〉をテーマにした歌であれば愛について深く考えるようにもなりますし、重たいテーマのものを歌えば良い意味でナーヴァスになったり。一曲を1年通して歌っていくということは、少しずつでも成長していきたい、表現力を上げていきたいという、自分自身のそういう気持ちに繋がっていくと思うんです」。
当然ながら楽曲がレコーディングされた時点でも高い歌唱力、表現力が刻み込まれたものにはなるのだが、歌い続けることによって表現に深みが生まれ、歌い手自身が新たな発見をすることもある……ということで、2018年は3月に発表した“さらせ冬の嵐”をここまで歌い続けてきた惠ちゃん。恋に傷つき、命を絶つことも考え、しかしそれでも強く生きていくという女性目線でのメッセージを含んだこの曲は、リリース直後の反響も大きかったが、そのタイトルからもわかるように、舞台は冬。まさに歌の世界がより沁みる季節が近づいて来たところで、今回新装盤が出ることになった。
「“さらせ冬の嵐”を発表してから、初めて断崖絶壁に立つ機会があったんです。もしこの曲との出会いがなくて立ってたら、〈綺麗な景色だな〉とか、〈眺めがイイな〉とか、そのぐらいの感想だったんだろうと思うんですね。でも、その絶壁に立ったときに、〈ここで身を投げれば海は泣きますか〉っていう歌詞が口から出てきたわけですよ。〈ああ、そういう思いでこういう場所に立ったらどんな気持ちなんだろうな〉とか、〈なんて馬鹿げたことを思ってるんだろう〉とか、〈心を入れ替えてもう一度生きようって思うんだろうか〉とか……そんなことを考えられるようになったのは、この歌と出会ったからですよね。断崖絶壁に立てば、景色は綺麗だけど、ここから落ちたら死んじゃうなって思うと足はすくむし、そうなるとやっぱり生きていたいなって思うし、そういうことを感じたいから断崖絶壁に足を運ぶのかなとか。“さらせ冬の嵐”は、命に対して考えたり、〈生きる〉っていうのはどういうことなのかとか、そういったメッセージを発信していく歌でもあって。これは決して軽くない、この歌の季節まで形にしたいなって思えた歌ですね」。
感謝の一枚
その都度さまざまな思いを巡らせながら歌い、積み重ねてきたシングルも、気が付けば18枚。デビュー18年目で18枚だから、まさに年イチ。そんなシングルの表題曲を“さらせ冬の嵐”からデビュー曲“霧情”まで遡っていく構成となっているのが、このたびリリースされるベスト・アルバム『The BEST 18singles』だ。〈18〉と書いて〈十八番=オハコ〉と読む。
「どうしても〈18〉っていう言葉を入れたかったというのもありますし、18年目だから、18年じゃないと使えない言葉かなって。18年間、1年に1枚のシングルをコンスタントに出すことができたっていう軌跡ですよね。それってあたりまえのようでそうじゃないって思うんです。感謝の一枚というか、だから自分は歌手として、歌手らしく生きてこられた、皆さんに大事にしていただけていたってことだと思います。デビュー当時の曲はいまだにステージで歌うこともあって、経験値が増えて説得力が高まったぶん、いま歌うと昔とは違ったものにはなっているんですけど、その歌と出会った時の自分の気持ちを忘れちゃいけないなって思うこともあります。インスピレーションであるとか、初心だったり、ずいぶんと背伸びしながら歌っていたなとか、そういうことを思い出すことで、いま歌っている意味っていうものが感じられたりもしますね」。
なかでも思い出深い曲は?と訊いてみると……。
「自分も、歌手でありながらも歌に救われることっていっぱいあるんです。しかもそれが、他の歌手の方が歌われているものだけではなくて、自分のために書いていただけた曲に助けてもらうことっていうのが、この18年、たったの18年ですけど、何曲かあるんです。“船酒場”(2006年)がそのひとつですね。当時はスケジュールもいまのように埋まっていない頃で、誰のために歌ったらいいんだろうとか、好きな歌をどういうふうに届けていったらいいんだろうとか、迷いがあったんです。“船酒場”は、酒場のママとお客さんとの一夜限りの出会いと別れを描いている歌で、ママとお客さんの会話が世界を作っているんですけど、曲をいただいたとき、そうか、このママも僕もお客さんを相手に仕事をしてるんだなあって、ふと思ったんですね。一対一で歌を届けるっていうことを意識するきっかけになったというか、何千人もいらっしゃるコンサート会場だって、ひとりの人にきちんと届ければ、〈きっと私のために歌ってくれてる〉って思ってもらえるだろうし、ワーッとみんなで盛り上がる歌もありますけど、歌本来の姿っていうのは、そのぐらいシンプルなものだなって、この曲が気付かせてくれたんです。自分のなかでは大切な心の歌というか、聴いてくださった方々もそういうふうに思ってくださったら、歌手としての役割というものが際立ってくるんじゃないかと思います」。
演歌だけじゃない?
〈貴公子〉と呼ばれながらも、演歌の世界ではもはや中堅以上のキャリアを持つ歌手となった山内惠介。ここまで長らく愛された理由には、楽曲、キャラクターなどいろいろな要因が絡んでいると思うが、やはりヴォーカリストとしての魅力が大きい。演歌の世界ではちょっと個性的で中性的とも言える彼の声質は、ポップスとの相性もなかなかで、艶やか。ファンクラブ会員限定のコンサート音源で編まれた2枚のライヴ・アルバム〈惠音楽会〉で聴ける郷ひろみやチェッカーズのカヴァーのハマりっぷりたるや!
「自分でもびっくりするぐらいでした。ハマる感覚っていうのを見つけるのって結構難しいんですよ。他の方から言われても自分が合ってないと思うこともありますしね。それがあるとき、郷さんの“よろしく哀愁”をふと歌ったら、すごくラクだなって思ったんです。マイクの乗りも良くて、がんばって乗せようとしなくても、メロディーに乗せて声を出せばスーッと入っていく感じで、声も出やすい。似てる音があるんでしょうね。そういうのが少しずつわかってきたときに、これをもうちょっとオリジナルのほうに活かしたいなって思うようになりましたね。もちろん、物真似するっていうことじゃなくて、〈自分を知る〉っていう意味で、ですね。自分はド演歌人間で、こぶしを回しながら歌うことで自分の声がいちばん輝くのかと思いきや、実はそれだけじゃなかったのかなって(笑)」。
取材の終わり際、そんな惠ちゃんに普段よく聴いているものを伺ってみたところ、(「かさばって仕方ないんですけど」と言いつつ)ポータブルのCDプレイヤーとディスクだけを収めたCDフォルダーを取り出して……出てきたのは、安室奈美恵、ZARD、美空ひばり。Superfly、ちあきなおみ、倉木麻衣、長山洋子、イルカ、DREAMS COME TRUE、小林幸子、五輪真弓、美輪明宏、美川憲一……と、ほとんどが女性シンガー。特に学習するために聴いているわけではないというが、山内惠介の歌のなかに融け込んでいるある種の〈しなやかさ〉を、彼のコレクションから垣間見ることができた。
山内惠介の近作を紹介。