アヴァンギャルドではあるものの、ポップでユーモラスでチャーミング。元SAKEROCKの田中馨が一癖も二癖もあるプレイヤーたちと結成した6人組バンド、Hei Tanaka。彼らのファースト・アルバム『ぼ~ん』では、SAKEROCK時代から知られていた田中の鬼才ぶりが全面開花している。

Hei Tanaka ぼ~ん KAKUBARHYTHM(2019)

 Hei Tanakaは変則的なトリオとしてスタート。2014年1月に一時活動休止したものの、その2年後には現在の編成で再始動することとなった。

 「最初にあったのは、〈メンバーが音楽に振り回される〉というコンセプト。膨大な譜面と僕が宅録で作った音源をメンバーに聴いてもらって、〈さあ、これをどうやって演奏しましょうか?〉というところから始めたんです。ただし、嘘みたいなフレーズばっかりなので、演奏しようとしてもそう簡単には演奏できない。ドラムのワンフレーズを叩けるようになるまでに4、5時間かかることもあったんですけど(笑)、そのなかで気持ちのいいポイントを探っていこうと」(田中馨:以下同)。

 こう聞くとコンセプチュアルなバンドというイメージを持ちかねないが、田中は〈好奇心〉をバンド再始動の際のキーワードとして挙げる。

 「このバンドでは好奇心旺盛なメンバーばかりを集めたんですよ。僕が提案したアイデアに対して、〈この先に何があるんだろう?〉という好奇心を持ってくれる人たちというか。音楽的感覚はバラバラだけど、好奇心ひとつで奇跡的に気が合ってるんです。ライヴを重ねるなかで、この6人じゃないと出せない〈Hei Tanakaの音〉にようやくなれたと思う」。

 Hei Tanakaとは、言わば〈新しい音楽の形を探り当てよう〉という冒険のプロセスそのものを、音と言葉を通じて見せていこうというバンド。初アルバムとなる本作『ぼ~ん』でもアクロバティカルな変拍子が次々に飛び出す。ただし、その合間には独特の歌モノも。ヴォーカルも務める田中は「自分が歌を歌うなんておこがましいと思ってたんですけど(笑)」と話したうえで、こう続ける。

 「歌い手としてはまだまだ始めたばかりだし、生まれたてのヴォーカリストだと思ってるんですよ。だからこそできる歌い方もあるとは思ってて」。

 また、ホーンのアレンジに東欧のバルカン・ブラスのムードが漂ったりと、どこか〈架空の民族音楽〉のようなムードがあるのも本作の特徴だ。

 「メンバーの共通言語である西洋音楽のマナーを取っぱらったところで何を作れるのか探ってみたかったんです。僕自身、各地の民族音楽も聴くけど、民族音楽が持ってる仕組みやグルーヴの部分は意識しつつ、ワールド・ミュージックの土俵に入るつもりはなかった」。

 もがきながら突き進んでいくような、これまでになかった田中のエモーショナルな一面も見せる“やみよのさくせい”では、岡山の4人組バンドであるロンリーの岡崎隼が参加。つんのめり、ゴロゴロと転がりながらも前進を続けるHei Tanakaというバンドの新たな側面も見せてくれる。

 「(KAKUBARHYTHMの代表である)角張さんからは、〈Hei Tanakaが田中馨の活動の軸にならないとダメだ〉と言われてるんですけど、そういう意味では〈これぞ田中馨〉という作品ではあると思うんですよ。でも……個人的には〈これも田中馨〉という感じもあって(笑)」。

 本作のブックレットには田中によるエッセイとも現代詩ともつかない不思議なストーリーが各曲につけられている。多方面に表現の華を咲かせる田中馨とその仲間たちによる冒険と挑戦の記録『ぼ~ん』。新しい音楽との出会いを求めている方に、熱烈にオススメしたいアルバムである。 

 


Hei Tanaka
元SAKEROCKの田中馨(ベース/ヴォーカル)、T.V.not januaryの池田俊彦(ドラムス)、小鳥美術館の牧野容也(ギター)、SATETOのサトゥー(サックス)、RIDDIMATESの黒須遊(サックス)、あだち麗三郎(サックス)から成る6人組。2012年にツイン・ドラムとベースという編成で初ライヴを行い、2014年に一旦、活動休止。2016年に現体制で再始動する。以降はライヴ活動を行いながら、滞空時間、ダスティン・ウォング、小鳥美術館、あふりらんぽとのスプリット作品をカセットテープで発表。2018年の7インチ・シングル“やみよのさくせい”に続き、このたび、同レーベルよりファースト・アルバム『ぼ~ん』(KAKUBARHYTHM)を4月3日にリリースする。