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西洋版大奥、闘う女たちが輝く時

 一人の女官がアン女王の宮廷で成り上がっていく様を描く下剋上の物語、と一口で言えてしまうほどシンプルなプロットを持つこの映画だけれど、一つ一つの場面には、一筋縄ではいかない映画作家ヨルゴス・ランティモスならではの企みが充満している。その企みは両義性と言い換えることが出来る。一つの場面に、相異なる二つの意味が共存していて、そこから、権力の実質にあるものが浮かび上がってくるのだ。

ヨルゴス・ランティモス 女王陛下のお気に入り 20世紀フォックス(2019)

 広大な図書室の続き部屋が女王の寝室になっているという不思議な広間が主な舞台。時代の知の集積する空間であると同時に、女王の寵愛を巡って女同士の生々しい睦言や葛藤が繰り広げられる場でもある。議会が開催される大広間も、貴族たちの醜悪な悪ふざけが日夜行われる空間へと変容していく。人の集まる広間に密室的な要素が乱入し、公私の境界が消失することで、矛盾に満ちた権力の裸の姿が露呈されてくる。

 人物は基本的に仰角で見上げるように撮影されているけれど、時折カメラは上方に引かれ、ロングショットの俯瞰の視点が人を見下ろす。傲慢に人を蹴落としながら人生を築いていく宮廷人たちが、どれほどの孤独の中にいるかが、その都度示唆される。冷厳な視点の変換で、人はアンビバレントな心情を抱えた存在として描かれていく。

 女官アビゲイル(エマ・ストーン)は、薬草で女王の痛風の痛みを癒すことを糸口にして、女王の寵愛を勝ち取る。以後、痛苦と治癒は、彼女が女王に取り入るための武器となる。宮廷人の暴力の暗喩として鳥を銃で撃つ場面が頻出する一方、銃の脅威が人に返ってくる場面が差し挟まれる。暴力の双方向性に視線が注がれるのだ。アビゲイルと周囲の男との関係を描く場面では、殴る、蹴る、噛むなどの暴力的所作がつきまとう。彼女が策略から自らの顔を殴打して鼻血を流す場面では、勝利への歓喜が苦痛に伴っている。加虐と被虐を同時に含み持つ暴力の帝国が、そこを歩く女たちを恐ろしいほどに輝かせる。ランティモスの強烈に苦く甘い毒を、観客は満腔に飲み干すことになる。