天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。8月26日に〈VMAs〉こと〈MTV Video Music Awards〉が開催されましたね」
田中亮太「14年ぶりの新作となるEP『Iconology』をリリースしたミッシー・エリオットの出演や、リゾのパワフルなパフォーマンスが話題でした。ミッシーはあの名曲“Get Ur Freak On”(2001年)も披露。また、新作『Lover』も好評なテイラー・スウィフトが〈Video Of The Year〉を受賞し、ホワイトハウスに言及しながら人権の平等を求める署名活動についてのスピーチを行ったことも印象的でしたね」
天野「個人的にはそれどころじゃなく、カニエ・ウェストのことがめちゃくちゃ気になっていて。新作は〈Jesus Is King〉というタイトルになるらしいんです。〈コーチェラ〉で〈日曜礼拝〉をやったときから予感はしていましたが、キリスト教色がめちゃくちゃ強そう……。〈宗教団体を始める〉という話もありますし、〈本当に大丈夫かな?〉と心配になっています」
田中「……それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!」
1. Pusha T feat. Ms. Lauryn Hill “Coming Home”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉はプシャ・Tがローリン・ヒルと共演した“Coming Home”! 彼は兄弟デュオ、クリプスの片割れとして2000年代のラップ・シーンを席巻したラッパーで、特にネプチューンズがプロデュースした独特なサウンドに定評がありました」
田中「有名なのは“Grindin'”(2002年)ですよね。プシャはその後、カニエ・ウェストのレーベルであるG.O.O.D.ミュージックの一員としてソロ活動をしています。2018年にはカニエ・プロデュースのもと『DAYTONA』をリリースしました」
天野「その完成度の高さから、プシャはラッパーとしての評価を爆上げ。亡くなったホイットニー・ヒューストンの、ドラッグだらけのバス・ルームの写真をカヴァー・アートにしたことも、悪い意味で評判になりましたけど……。で、その『DAYTONA』以来の新曲が、この“Coming Home”とキャッシュ・ドールをフィーチャーした“Sociopath”。両方、なにかとお騒がせなカニエがプロデュースです」
田中「2曲ともめちゃくちゃ良くて、どちらを1位にするか迷いました。スカスカなトラックに不穏さが漂う“Sociopath”に比べて、“Coming Home”は早回しのヴォーカル・サンプルを使ったソウルフルで感動的な仕上がり。実はリークを受けて発表された曲なので、録音は2015年。開店休業状態のミス・ローリン・ヒルによる歌も堂々たるものです。〈俺はブラック・ネイティヴの兄弟たちの魂に呼びかけてるんだ/誰もがJ・コールのように学校に行けたわけじゃない〉という詞は、J・コールを皮肉りながらもクールなラインですよね」
2. Post Malone “Circles”
田中「2位はポスト・マローンの新曲“Circles”。2010年代後半屈指のメガスターである彼については、説明不要ですよね。エモい歌唱とトラップ以降のチルで煙たいビートを組み合わせ、ビッグ・ヒットを連発しています。正直、本格的なブレイクをはたした“rockstar”(2016年)の頃は、こんなに押しも押されもせぬ人気者になるとは思いませんでしたよ」
天野「いつの間にか愛されキャラになっていましたよね。スワエ・リーとコラボした映画『スパイダーマン:スパイダーバース』の主題歌“Sunflower”(2018年)は僕、一時期ずっと聴いていました。彼が書くやたらと母音を伸ばすメロディーって、すごく歌いやすい。あれは大規模なライヴやフェスが音楽産業の中心になってきたいまの時代にぴったり即応したものだと思うんです。いろいろな側面で、当代随一のソングライター/メロディーメイカーだなあって思います」
田中「ですよね! リンキン・パークのチェスター・ベニントン亡きいま、アメリカでもっともカリスマティックな声の持ち主だと思います。個人的には、今年のグラミー賞でレッド・ホット・チリ・ペッパーズとコラボレーションしたことで、〈やっぱりソング・オリエンテッドな人だよなー〉と位置付けが明確になりましたね。この曲もメロウで泣ける感じだし、まるでレッチリの名曲“Universally Speaking”みたいじゃないですかー」
天野「90年代に青春を過ごしたロック・ファンにも訴えかけるっていうのはよくわかりました……。曲の話に戻りますと、リヴァービーな音像とギターのコード・ストローク、シンプルなビートが醸し出す清涼感や甘酸っぱさがたまりません。別れへの決意を歌ったリリックも、新しい季節のスタートにぴったりですし。この曲も収録される新作『Hollywood’s Bleeding』は今週末の9月6日(金)にリリースです!」
3. Skrillex, Boys Noize & Ty Dolla $ign “Midnight Hour”
天野「第3位はスクリレックス、待望の新曲“Midnight Hour”です」
田中「エド・シーランの新作『No. 6 Collaborations Project』に参加したり、宇多田ヒカルの“Face My Fears”をプロデュースしたりと、スクリレックスの話題は常に尽きないですね。今回は彼の持ち味である大味でノイジーなダブステップ~EDM要素は抑え目で、裏打ちのハイハットとハンドクラップが中心のタイトなハウス・チューンなのが印象的」
天野「最近、ノイジーな感じはちょっと封印気味ですけど、これは意外でした。この曲も、〈いよいよ来るか!?〉みたいなドロップにも派手さはなくって、音の抜き差しを上手く使ったストイックな作りでかっこいい。彼のまとまった作品はデビュー・アルバム『Recess』(2014年)以降出ていませんが、こういう路線のアルバムは聴いてみたいかも」
田中「共作者は、ドッグ・ブラッドとして一緒に活動しているドイツのプロデューサー、ボーイズ・ノイズ。終盤の声ネタなどを使ったトリッキーな展開には、ボーイズ・ノイズらしさを感じましたよ。そして歌っているのは、第50回でも2曲で紹介したタイ・ダラー・サイン。タイダラ、本当に売れっ子ですね」
4. Bombay Bicycle Club “Eat, Sleep, Wake (Nothing But You)”
天野「続いて、ボンベイ・バイシクル・クラブの“Eat, Sleep, Wake (Nothing But You)”。5年ぶりの新曲なのでシーンでは話題なんですが……。実は僕、ほとんど通ってなくて。彼らの復活ってそんなにビッグ・ニュースなんですか?」
田中「ここ10年、不況と言われたUKギター・バンド・シーンにおいて、彼らは先鋭的なサウンドと大衆的なメロディー・センスを兼ね備えた数少ないバンドだったんですよ。ポスト・ロックからの影響も伺える複雑かつ力強いアンサンブルと、アフロやラテンなど非欧米圏の音楽を採り入れたリズム感覚、さらにポスト・クラシカル的とも言える優美な旋律やハーモニー……。それらを精緻に重ね合せたサウンドが凡百のバンドとは一線を画していたんですよね。しかも、強烈にダンサブルでキャッチーなポップ・ミュージックに仕上げていたのが凄かった。彼らがいかに熱狂的に支持されていたかは、2011年の〈レディング〉で代表曲“Always Like This”を演奏した際のライヴ映像を観てください!」
天野「へ~。そんな彼らは2016年に休止を表明。それぞれソロ活動を経て、ついにこの新曲を発表したと。一聴して、そんなに大きな方向転換はなさそうですね」
田中「そうなんです。彼らへの期待値が高いせいか、もうひと驚きしたかったというのも本音ではありますね。彼ら自身〈基本に戻る〉アプローチをした楽曲と言っています。とはいえ艶やかなギター・リフは耳に残るし、これまでの楽曲のなかでもひときわアンセミックなロック・チューンではないでしょうか。カムバックを告げる最初の一手として申し分ないと思いますね!」
5. A$AP Rocky “Babushka Boi”
天野「5位はエイサップ・ロッキーの“Babushka Boi”。ドープ……」
田中「無骨なリズム・ボックスのビートとザラッとした質感の奇妙なヴォーカル・サンプル、イマっぽい強烈なサブ・ベースと、組み合わせがかなりストレンジ。プロデュースは、スクリレックスの新曲にも参加していたボーイズ・ノイズと、プエルトリコ出身のプロデューサーであるヘクター・デルガド」
天野「デルガドはロッキーや彼のクルー、エイサップ・モブの作品に昔から関わっていて、ライヴDJもやっていますね。あきらかにイカれている、奇想的なミュージック・ビデオも必見です。監督は注目の写真家/映像作家のナディア・リー・コーエン。デヴィット・リンチっぽい感じがあって、ちょっとフライング・ロータスの映画『KUSO』を思い出しました」
田中「〈babushka(バブーシュカ)〉っていうのはロシアの女性が被るスカーフのこと。歌詞ではヒップホップ・ネタとして定番の映画『スカーフェイス』(83年)に自分をなぞらえています。この曲は、たまたまロッキーが顔に傷を負って、それを隠すために黄色いバンダナを被ったのがきっかけで出来たんだとか。きわめてサイケデリックだった『TESTING』(2018年)に続く新作に向けた一曲なんでしょうか」