弟プッシャ・Tと兄マリスからなるクリプスが復活、ニューアルバム『Let God Sort Em Out』をリリースし、Billboard 200で初登場4位を獲得、ファンやメディアから高評価を受け話題になっている。元々2人はザ・ネプチューンズ(ファレル・ウィリアムス&チャド・ヒューゴ)にフックアップされ、彼らがプロデュースした2002年の1stアルバム『Lord Willin’』がヒット。“Grindin’”“When The Last Time”といった2000年代のヒップホップを象徴するシングルを残した。そんな彼らの待望の新作について音楽ブロガー/ライターのアボかどに、〈ブーンバップ〉という観点からプッシャ・Tの近年の参加作を交えつつ綴ってもらった。 *Mikiki編集部

CLIPSE 『Let God Sort Em Out』 Clipse/Roc Nation(2025)

 

名ラップデュオの帰還という大事件

前作『Til The Casket Drops』から16年。ヴァージニアが生んだ名ラップデュオ、クリプスが本作『Let God Sort Em Out』で本格カムバックを果たした。カニエ・ウェストやNIGO®などの作品への客演はごく僅かにあったものの、2人ではシングルすらリリースせず長い休止期間が続いていた。マリスに関してはソロ活動も少なかっただけに、デュオの復活は大事件である。しかも、このアルバムがまた素晴らしいのだ。

ただ、デュオとしては16年間作品をリリースしておらず、マリスがかなりのスロウペースでの活動に移行したといっても、プッシャ・Tはずっと現役でシーンのトップを走ってきた。ソロでのアルバムやミックステープなどを7枚リリースしているほか、客演も多く行ってきている。そのため本作も〈久しぶりの新作〉というよりも、プッシャ・Tのこの16年間の延長線上にあるような印象の作品だ。

プッシャ・Tの最新ソロ作となる2022年の『It’s Almost Dry』はファレル・ウィリアムスとカニエ・ウェストが半分ずつプロデュースしていたが、今回の『Let God Sort Em Out』はファレルが全曲を制作。サウンドの方向性にも共通点が多く、いわばファレルによるカニエ・ウェスト・タイプビートも聴くことができる。随所で取り入れているゴスペルっぽい要素や声ネタの使い方もカニエ的だ。

また、本作には客演にプッシャ・Tと共演経験のあるタイラー・ザ・クリエイターやケンドリック・ラマーらが参加。マリスがややシーンから離れ気味だったので当然なのだが、デュオの作品ではあるがどちらかといえばプッシャ・Tに寄った作品と言えそうだ。そこで今回はプッシャ・Tのソロでの歩みから、本作の面白さに繋がるものを考えていく。

 

プッシャ・Tの参加作に聴くブーンバップへの傾倒

本作でリリース前から話題を集めていたのが、グリゼルダ周辺での活動で知られるストーヴ・ゴッド・クックスの参加だ。ロック・マルシアーノとのタッグ作を発表するなど硬派なブーンバップ系のラッパーで、クリプスどころかプッシャ・Tともファレルともこれまで共演したことはない。彼がフックでメロディを注入した“F.I.C.O.”は太いドラムと奇妙な声ネタを用いたブーンバップで、驚くほどの好相性を見せてくれる本作のハイライトの一つだ。

しかし、一見かなり意外な人選に思えるこのストーヴ・ゴッド・クックスの起用だが、プッシャ・Tの客演歴を振り返るとそう意外でもないことがわかる。プッシャ・Tはこの16年間、ブーンバップ方面で多く客演を行ってきているのだ。例えばフレディ・ギブスとマッドリブによる2019年作『Bandana』に収録された“Palmolive”、ジョーイ・バッドアスの2020年のEP『The Light Pack』収録の“No Explanation”、ブラック・ソートの2020年作『Streams Of Thought, Vol. 3: Cane & Abel』からシングルカットされた“Good Morning”……などなど、シンセを鳴らすザ・ネプチューンズの作風とは異なるサンプルベースのビートにたびたび招かれている。

FREDDIE GIBBS, MADLIB 『Bandana』 Keep Cool/RCA(2019)

ストーヴ・ゴッド・クックスと近しいグリゼルダのベニー・ザ・ブッチャーとも、彼の2019年作『The Plugs I Met』収録の“18 Wheeler”で共演済みだ。ザ・ネプチューンズ的なビートではなく、ブーンバップにプッシャ・Tを呼ぶ選択肢が当たり前のものとなっているのである。なお、“No Explanation”と“Good Morning”を手掛けたショーン・C & LVは、『Til The Casket Drops』にも参加していた。今思うとプッシャ・Tのその後の方向性はこの時点で示されていたのだ。

BENNY THE BUTCHER 『The Plugs I Met』 Black Soprano Family(2019)