オントレンドでありながらオルタナティヴ。自身の在り方を改めて見つめ直した結果、おのずと炙り出された揺るぎない感情とは……
よりパーソナルに
日本におけるオルタナティヴR&Bの伝道者となった2017年のファースト・アルバム『BLUE』から、KREVAや☆Taku Takahashi、蔦谷好位置らを迎えた2018年のセカンド・アルバム『PURE』ではよりメインストリームのフィールドへと歩みを進めたシンガー・ソングライターの向井太一。フィジカルと配信での作品リリースとライヴを精力的に行い、着実にステップアップしてきた彼は、その一方で不安感も募らせていた。高い理想とそれを100%満たすことができない現実、若手の台頭や周りで生まれる素晴らしい音楽に対する羨望や嫉妬。もともとの負けず嫌いな性格もあってか、じりじりした思いを抱えながら、音楽制作を行っていたという。
「前作まではメッセージを発信したり、誰かを勇気づけたり、引っ張っていったりという外向きのマインドが強かったんですけど、その後、〈自分とは何なのか?〉と自問自答の期間が長く続いたんです。〈次に来るアーティスト〉と言われながら、なかなか頭一つ抜けられないように感じられて、そういう思いを自分のなかで払拭したいと思いつつ、これまで培ってきた音楽に対する愛情やプライドもあったりして。
その板挟みから生まれる悔しさやもどかしさ、周りと比べることで募る焦りの感情など、自分が心の奥底で抱えていた思いと改めて向き合うことになったんですけど、そうしたネガティヴな感情は初期の作品を作るうえでの原動力だったんですよね。そして、改めて考えてみて、そのネガティヴな感情は、今の自分にとっても変わらず大切な要素だと再認識したんです。それによって、作る曲もネガティヴな感情、一歩間違えたら、どん底に落ちるスレスレのところで踏み留まっているものが多くなりましたし、今回のアルバムはよりパーソナルな、人間らしく生々しい作品になりました」。
心の奥底で静かに燃える青い炎のような感情と向き合ったことで生まれた新作は、〈獰猛な、野蛮な〉という意味が転じて〈ワイルドな格好良さ〉というニュアンスでスラング的に使われている『SAVAGE』という言葉をタイトルに掲げたアルバムとなった。
「セカンド・アルバム『PURE』と配信EP『27』は生音の割合が大きかったですし、歌い回しもアナログな雰囲気を意識したんですけど、その2作を作ったことで、サウンド面ではもう一度、デジタルな、アンビエントな作品を作りたくなったんです。そうした作品を作っている人が周りにいないという今の状況に自分の天邪鬼な心をくすぐられたこともあり、今回は〈R&B〉というより〈クラブ・ミュージック〉、〈ブラック・ミュージック〉というより〈ブルーアイド・ソウル〉、〈正統派〉というより〈オルタナティヴ〉な作品になりました」。
歌詞に投影された心情とエッジーなサウンドが物語る向井太一の作風の変化は原点回帰的であるとも言えるが、オントレンドなサウンドを標榜する彼のなかには、そこにひねりを加え、今日的なアップデートを施すことで新たな方向性を提示する意図もあったという。その例に挙がったのが、2000年代半ばのジャジー・ヒップホップ・シーンの立役者であるLA在住のプロデューサー、ケロ・ワンとの初顔合わせ曲“Can't breathe”だ。
「ケロ・ワンは兄の影響で聴いていたアーティストなんですけど、メロウでエモーショナルなギターを活かした“Can't breathe”は彼のジャジー・ヒップホップのイメージをいい意味で裏切りつつ、今までの僕の作品になかった湿度の高いセクシーな曲に仕上がりました。原点に立ち返りつつ、新しいことを提示しているという意味では今回のアルバムを象徴するような曲だと思います」。
時代のムードと揺るぎない感情
ミニマルなビートにR&Bの旨みを凝縮したgrooveman Spotによるトラックへ抑えられない思いを注ぎ込むラヴソング“Confession”で幕を開ける本作の前半は、2017年のグラミー賞ノミネート・プロデューサーであり、レーベルメイトでもあるstarRoと相まみえた“ICBU”をはじめ、ネガティヴな感情さえも力強く美しく昇華させた歌詞の率直さと楽曲の躍動感が一体となったダンス・トラックが続く。
「日本はチルな音楽やトラップに溢れていますけど、海外では、ダディー・ヤンキーに代表されるレゲトンやレゲエ、ダンスホールのテイストとクラブ・ミュージックが融合して、新しいトレンドが生まれていたり。気持ちいいだけの音楽から、もっと刺激的で、いい意味でチャラい要素のある音楽が増えてきているような気がします。今回、クラブ・ミュージックの要素が増えたのは、そういう時代のムードやそれに呼応する今の自分の気分も大きかったですね」。
彼の考えるオントレンドなサウンドを具現化するために、トロピカルなスローモー・ダンス・チューン“Runnin'”では、プロデューサーにSIRUPを輩出したSoulflexクルー所属のMori Zentaroを招聘。また、エモーショナルなヴォーカルとグルーヴがせめぎ合う“君へ”にはchelmicoやKuro(TAMTAM)のソロ作など、関与曲が続々とリリースされているShin Sakiura、ドリーミーな“Dying Young”にはAAAMYYYやSIRUPとコラボレーションを行う一方、IO“Shawty”の作曲も手掛けたりと神戸からブリージンな風を吹かせるデュオ、Opus Innをそれぞれプロデューサーに迎えている。
「歌詞に重きを置いた前作『PURE』に対して、Zentaroさんと組んで、声を〈言葉〉というより〈音〉として扱ったダンス・トラック“Runnin'”のように、今回は歌詞世界を追求しつつ、サウンド面での先鋭性を上手いバランスでどう共存させるのかにこだわりました。
チルな作風を得意とするShin(Sakiura)くんとの“君へ”もそうですよね。コピーライターの阿部広太郎さんと共作した歌詞で日本的な情緒を表現しつつ、それを動きのあるトラックで成立させようと試行錯誤しましたし、“Dying Young”は歌詞で〈ミュージシャンとしての葛藤〉という重いテーマに迫りつつ、Opus Innのアンビエント・サウンドに合うように、それを英語詞で歌うことでバランスを取りました」。
そして、焦りや嫉妬心との葛藤を剥き出しの言葉で歌い綴る“最後は勝つ”や、逆境に直面しながら未来へ続く一歩を踏み出す“道”など、アルバムの根幹をなす5曲を手掛けたのは、インディー時代からの制作パートナーであるCELSIOR COUPE。ダンサブルなトラックと共に駆け抜けるアルバムの前半から、彼の内面を深く掘り下げてゆく後半の流れは、ビートの強さ以上に感情の強さがリスナーの心を激しく揺さぶる。
「僕の作品はその時々でジャンルやビート感が変わっていますけど、そういう音楽に一貫性が持たせられるのは、アルバムのコンセプトの根っこに自分の感情が揺るぎなくあるからだと思うんです。サウンドのトレンドはその時々で移ろっていくし、消化されてしまうものですけど、そこに込められた感情は時が経ち、トレンドが変わったとしても、変わらず聴き手の心に刺さったり、響いたりするんじゃないかなって。その感情がありさえすれば、どんなジャンルの音楽をやっていても僕であることには変わりないし、濃密な作品を作り続けられるんじゃないかなと思いますね」。
『SAVAGE』に参加したアーティストの作品。