時代のムードを敏感にキャッチすることで急成長を遂げた25歳。静かな情熱を込め、BLUEな気分を包み隠さず歌うそのシンガー・ソングライターの名は……
どんどん新しいものを
音楽の道を志し、2010年に福岡から上京。曲作りを始めて3年という現在25歳の向井太一が、2016年のEP『POOL』から目覚ましいスピードで進化を遂げた約1年半の濃密な時間を凝縮し、ファースト・アルバム『BLUE』をここに完成させた。幼少期から聴き親しんできたブラック・ミュージック、そのなかでも近年のオルタナティヴなR&Bをバックグラウンドに彗星の如く現れた新世代の才能は、〈シンガー・ソングライター〉の定義をこう語る。
「僕が作詞/作曲を始めたのは最初のEP『POOL』の制作段階からなんですけど、そのやり方はGarageBandでループさせたコードにビートを足したものをトラックメイカーにビルドアップしてもらうというもので。今はそこに加えてメロディーと歌詞も乗せ、アレンジのアイデアを伝えるという形でトラックメイカーと共作しています。今の時代、表現の形態はアーティストによって違うし、ソングライティングの方法もさまざまありますけど、ただ、作詞/作曲をしていれば誰もがシンガー・ソングライターと言えるかというと、そういうわけでもないと思っていて。例えば、表向きはその時に流行っている音楽をやっていても、それが借りてきたものかどうかはすぐにわかりますよね。そうではなく、命を削るように、自分の内側からリアルなメロディーや言葉を生み出す人。そうでありたいという理想も含めて、僕は自分のことを〈シンガー・ソングライター〉と呼んでいます」。
ジェネイ・アイコの新作『Trip』のトラックも担うジュリアン・クアン・ヴィエット・リーを迎えたアンビエントR&Bマナーの“楽園”で幕を開ける本作は、リアリズムの追求と共に目まぐるしく移ろう海外シーンの動向にいち早く、そして柔軟に呼応したアルバムでもある。LUCKY TAPESの高橋海との共作で爽快感と心地良い違和感を共存させた先行シングル“FLY”やyahyelのメンバーでもあるMONJOEとMIRU、そして荘子itから成るプロダクション・チームと紡ぎ出すエスニックなダンス・トラック“Can't Wait Anymore”、レーベルメイトのstarRoがファンキーなベースラインを敷いたクールなフューチャー・ハウスを展開する“Great Yard”など、そのプロダクションは耳新しさが際立っている。
「ソロ活動を始める以前はルーツ指向のソウル/ファンク・バンドで1年間ほど活動していたんですけど、ネットを通じて入ってくる新しい音楽も、ジャンルが曖昧な、ハイブリッドなものが増えていっているように感じられたので、僕も負けじと新しいものをどんどん生み出していきたくて、ソロに転向したんです。そのスタンスは今も変わらなくて、自分の音楽をわかりやすく説明するために〈ブラック・ミュージックをベースにした~〉とか〈フューチャーR&B〉というキーワードをあえて出しつつも、自分のなかでは音楽に分け隔てなく、いろんなジャンルをミックスして、それを〈向井太一〉というフィルターを通すことで、独自の音楽を生み出していけたらいいなって」。
ハッピーにはなりきれない
SALUのラップをフィーチャーした“空”と“眠らない街”では、マルチ・インストゥルメンタル奏者でもあるmabanuaが生音を活かしながら、ヴィンテージ・ソウルや90sのR&Bをアップデート。かと思えば、“Conditional”ではgrooveman Spotがメロウかつコンテンポラリーに、“Teenage”ではBACHLOGICがドリーミーなタッチで楽曲をビルドアップ。そうしたサウンド・アプローチの多彩さは、向井の生み出すメロディーのキャッチーさと等身大の言葉、セルフ・プロデュース能力の高さによって、一枚の作品として見事にまとめられている。
「今回のアルバムは、ブルーアイド・ソウルというか、抜け感のある絶妙なニュアンスのブラック・ミュージックがベースになっています。去年まではUS、UK界隈のR&Bアーティストも生音より電子音の比重が高いように感じたし、EDMのような激しいサウンドではなく、チルアウトで気持ち良いアプローチのハウスをはじめとするクラブ・ミュージックの影響もすごく大きかったんですけど、それが今年に入るとデジタルより生音の配分が多くなって、懐かしいけど新しく響くサウンドや体温が感じられる声、歌い込む作品が増えつつあるように思って。それで、今回は生音の比重を高めて、総合的にバランスの取れたアルバムをめざしました。それによって、今までやってきたことの集大成であると同時に、自分の名刺代わりの一枚になったと思いますね」。
では、彼が差し出す音の名刺には果たして何が記されているのか? 新進プロデューサーであるCELSIOR COUPEと作り上げた“Lost & Found”と“Blue”には、アルバムのスタンダードなポップ感覚を体現すると同時に、静かな情熱を込め、包み隠さず不安や怒りを歌う普遍的なソウル・シンガー、向井太一の名が刻まれている。
「そもそも、自分はハッピーな人間にはなりきれなくて、妬みや悔しさをどこかに抱えているし、リアルな表現を極めるからにはそうしたネガティヴな感情とも向き合う必要があると思っているんです。ハッピーな時はいろんなことに寛容になって、すべてのことがどうでもよくなってしまうことが誰しもあると思うんですけど、僕は、人間の弱さや生々しい感情を知ってる人ほど強いと思いますし、先に進むための原動力としては、例えば、〈味わった悔しさを絶対乗り越えてやる!〉というような、そういうネガティヴな感情のほうが強いんじゃないかなって。だからこそ、僕は音楽を表現するうえで、ネガティヴをポジティヴに変える、変わるパワーの強さを大事にしているんです」。
その作風を刻々と変化させた画家のパブロ・ピカソが、みずから共感を寄せる社会的弱者を紺青の色彩で描いた〈青の時代〉。鬱屈した気持ちを抱えた20代前半、彼はまさにその〈青の時代〉を過ごしたと言われている。もっとも、天才芸術家だけでなく誰の人生にも青の時代はあるはずだが、向井太一がこのアルバムで描いた青の色彩は、その際立つ美しさによって、聴き手の記憶に残り続けることになるのだろう。
「音楽の未来も、自分のやってることが正しいかどうかもよくわからないですけど、それでも自分のコアの部分はそのままに、もっとフリーに、もっと広げて、大きなものとして捉えてもらうにはどうしたらいいか。そういう探究心は常に忘れずにいたいなと思いますね」。
『BLUE』に参加したアーティストの関連作品。
向井太一の作品。
向井太一が客演した作品を紹介。
2017年を彩った『BLUE』な空気感の作品群

バンドからデイヴ・ロングストレスのソロとなった最新作。過去にもヒップホップ/R&Bの影響を作品化したりしてきたが、リアーナ&カニエ・ウェスト&ポール・マッカートニーのコラボ曲への参加やソランジュのプロデュースを経て、ここではアンビエントR&Bに歩み寄っている。

日本人の血を引くLA在住のR&Bシンガーによる新アルバム。『BLUE』にも楽曲を提供しているジュリアン・クアン・ヴィエット・リーや公私のパートナーであるビッグ・ショーン、ジョン・メイヤーまで、広範なゲストがメロウでトリッピーなサウンド・テクスチャーに溶け込んでいる。

SUBMERSE 『Are You Anywhere』 Perfect Touch/Project: Mooncircle(2017)
英国出身にして東京を拠点に活動するプロデューサーによる2作目。同じく東京在住のカナダ人ビートメイカーであるfitz ambro$eを2曲でフィーチャーしており、国籍やジャンルから解き放たれた彼は、アンビエント&チルなタッチでビート・ミュージックを自在に変容させている。

エチオピア系アメリカ人の移民2世で、R&Bやジャズ、そしてビョークを聴いて郊外で育ったオルタナティヴR&Bの象徴。その初アルバムでは、アルカ、ジャム・シティ、キングダムら先鋭的ビートメイカーやモッキーのようなシンガー・ソングライターと多面的な作品世界を作り上げている。

故Nujabesに見い出され、電子音楽家として先鋭的な活動を行うJEMAPURと、シュルレアルなアートに影響を受けたヴォーカルのゆう姫。グローバルな知見を前提に、日本的なメロディーや職人的な緻密さを自覚的に作品へ投影。オルタナティヴR&Bに対する日本からの返答がここに。

〈新世代フレンチ・ハウス〉を標榜するロッシュ・ミュージックの主宰にして、サンプリングを交え、自身の演奏でトラックを編み上げるパリの若きプロデューサー。オーガニックかつチルなタッチのR&Bを基調にしつつ、ジャンル分けの意識が希薄な彼の音楽はボーダーを越える。
UKロックがルーツのヴォーカリストと、オルタナティヴ・ロックからテクノ、ブレイクビーツ、エレクトロニカを下地とするトラックメイカーの2人組。こちらはポスト・ダブステップを経由し、オルタナティヴR&Bという大きな器にJ-Pop的なキャッチーさをミックスして到達した初作。

