決して消えることがない悲しみや怒り、切なさなどの感情を音楽に結び付け、生々しい思いを込めて解き放つ。大袈裟ではなく、〈生きている限り、歌わなければいけない〉という強いモチベーションを感じさせる女性シンガーだと思う。
彼女の名前は、前島麻由。音楽プロデューサーであるTom-H@ckとのユニット、MYTH&ROIDのヴォーカリスト、Mayuとしてデビューし、高い表現力と壮大なスケール感を備えた歌声で注目を集めた彼女は、今年4月にデジタル・シングル“YELLOW”でソロ・アーティストとして本格的に始動。ファースト・アルバム『From Dream And You』は、彼女の表現の本質が強く刻まれた作品となった。まず注目すべきは、全編英語詞によるリリック。孤独になったことを自覚して過ごす感覚を刻んだ“when you went away”、恋人を失い、狂気のうちに死に至るシェイクスピア「ハムレット」の悲劇のヒロイン=オフィーリアをモチーフにした“YELLOW”、大切な人を失ったことに起因する喪失感を歌った“In Your Eyes”など、彼女の書く歌詞はすべてネガティヴな感情で彩られている。
「曲を書きはじめたときから、そういう歌詞しか出てこなかったんです。メロディーを聴くと〈このメロディーラインには2年前に経験した悲しみが合う〉〈あのときの怒りを孕んだ感情を歌いたい〉という思いが自分のなかから出てきて。しかも直接的な言葉が多いから、曖昧な表現が合う日本語よりも、英語のほうがいいなと。でも、歌詞を書くことで自分のなかにあった感情が消化されるわけではないんです。むしろ、その感情にいつでもなれるように、そうしていつまでも忘れないように、鮮度を保った状態で、楽曲として残したいんですよね」。
そんなスタンスがもっとも端的に表れているのが、本作の表題曲“From Dream And You”。10代の頃に書いたというこの曲で、彼女は歌を〈夢〉、負の感情を〈あなた〉と表現している。
「高校生の頃に組んだバンドでも歌っていた曲で、〈人生の歌〉と呼んでます。悲しいから歌っているのか、歌うことで悲しみが蓄積されるのかはわかりませんが(笑)、〈これが私です〉という名刺になる曲だし、これを発表するなら、アルバムの表題曲しかありえなかったんです」。
ここで強調しておきたいのは、彼女の音楽は(少なくとも聴感上は)決して暗いものではなく、むしろ気分を上げる作用があるということだ。アヴリル・ラヴィーン、ブリトニー・スピアーズら2000年代のロック/ポップスをルーツに持つ彼女のメロディーは、シンプルにしてキャッチー。ヘヴィー・ロックとEDMが融合した“YELLOW”、美しく繊細なピアノのフレーズを軸にした“the night is gone”、アコギの心地良い響きが印象的な“Standing Alone”といった多彩なサウンドメイクも本作の特徴だろう。
「アルバムの制作はいろいろなクリエイターの方との共作(本作にはキタニタツヤ、宮田“レフティ”リョウ、松岡モトキらが参加)が多かったんですが、私のルーツを汲み取ってもらいながら、最近の音楽のテイストも加えていただいて。結果的に幅広い曲が収録されたアルバムになりましたね。バラバラな印象にならないかな?と心配していたのですが、いろんな方から〈あなたが歌うことで全体に統一感がある〉と言ってもらえてホッとしてます」。
ロックとダンス・ミュージックを軸にしたサウンド、憂いや悲しみを濃密に反映したリリック、そして、圧巻のスケール感と細やかな表現力を備えたヴォーカリゼーション。シンガー・ソングライターとしての資質を備えた彼女のスタイルが日本の音楽シーンにどんな衝撃を与えるか、しっかりと注視したいと思う。
「負の感情を持っていない人はいないだろうし、私の曲を聴いてくれた方が〈そうだ、私はずっと悲しかったんだ〉と思い出してくれたり、涙を流してくれたら、それがいちばん有意義なのかなと。歌詞の内容には関係なく、〈この曲、楽しい! ノれる!〉と盛り上がってくれるだけでも嬉しいんですけどね(笑)」。
前島麻由
4月14日生まれ、東京出身のシンガー・ソングライター。洋楽好きの両親のもとで、幼少期より音感を頼りに英語詞曲を歌って育つ。小学生から習いはじめたダンスと歌のトレーニングによって、ネイティヴ並みの発音が可能に。2015年、音楽プロデューサーのTom-H@ckを中心に他ジャンルのクリエイターが関与するプロジェクト、MYTH & ROIDのヴォーカリスト=Mayuとしてシングル“L.L.L”でデビュー。アニメとのタイアップを重ねた5枚のシングルと1枚のアルバムを送り出したのち、2017年11月にユニットを脱退。2019年4月、配信シングル“YELLOW”でソロ・デビュー。このたび、ファースト・アルバム『From Dream And You』(ワーナー)をリリースしたばかり。