シモリョーこと下村亮介によるバンド、the chef cooks meがアルバム『Feeling』をリリースした。約6年ぶりのオリジナル作となる本作は、世武裕子、imai、YeYe、ニック・ムーン、TENら豪華ゲストを迎え、彼らと下村の〈Feeling〉が混じり合うことをコンセプトに掲げた意欲作。メンバー・チェンジを繰り返しつつも、本人としては〈瞬く間〉だったという6年間のバンドのこと、恩人でもある後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)のこと、そして今作を受けてのこれからについて、下村に話を訊いた。 *Mikiki編集部

the chef cooks me Feeling キューン(2019)

 

the chef cooks meというものを終わらせるために

――新作『Feeling』は6年ぶりのアルバムということで、前作『回転体』からかなり間が空いてのリリースです。その間にバンドの体制も少し変わったと思うんですけど、それを含めて、この6年間はどういう歳月でしたか?

「なかなか一口で語るのが難しいのですが……。僕らは2008年にソニー(SME)さんからメジャー・デビューをさせてもらったのですが、契約終了後は自主制作でCDを作ったりしていて。ただ、自分たちで活動することの限界も感じていました。そして2011年3月11日に東日本大震災が起こった後に、後藤(正文/ASIAN KUNG-FU GENERATION)さんとミュージシャン同士の復興支援のイヴェントで出会ったんです。

その時に後藤さんが『PASCAL HYSTERIE TOUR』という7インチのヴァイナルをたまたま聴いてくださっていて、〈ウチのレーベルで出さないか〉と声をかけてくださって。その後2013年に後藤さんのプロデュースで『回転体』をリリースしました。そこに至るまでもメンバーの脱退、加入はあったのですが、『回転体』のツアーを終えた後にオリジナル・メンバーのドラマーが脱退しまして(2015年)。僕たちとしてはそのまま次の作品を作ろうというムードだったんですが、さすがにずっとやってきたメンバーが抜けるというのはダメージがあって」

――わかります。

「そのタイミングでアジカンのサポートや、チャットモンチーのサポートをさせていただいていたので、一旦はシェフの活動を止めて、自分たちのリリースもありつつ、サポート・ミュージシャンとしての活動を主にしていたんです。でも、ギタリストと〈もう1回ふたりでやりますか〉ということでトライはしていたんですが、またメンバーが入ったり脱退したりとありまして。このアルバムを作ろうというタイミングでは、だったらもう終わらせようと思っていました。the chef cooks meというものを終わらせるために、いままでのベストのアルバムを作ろうというところから、実はスタートしています」

――そうだったんですか。

「去年の4月からレコーディングを開始したのですが、6月からギターのダビングをしようという段階になって、ギタリストが〈一時離脱〉という状態になってしまいました。彼自身はこのアルバムを作りたかったんですけど……。そこで考えたのが、〈じゃあこれは俺ひとりで作るから、戻れそうなタイミングで言って〉と伝えて。ふたりで終わらせようと思っていたものを、ひとりでもう1回作り直すことにしたんです」

――うーん、それは精神的なダメージが大きそうですね。

「ありましたね。いろいろ迷いました」

――でもそこで中止するわけにもいかず。

「そうですね。ドラムスとベースとピアノは録音が終わっていたので、じゃあどうやってひとりとしてのthe chef cooks meのアルバムを作り上げようかと考える期間が少しありました。ギターを入れようと思っていたものにまったくギターを入れずにいこうとか、ここはギターが必要だからこの人にお願いしようとか、シンセサイザーが弾けるのでどんどん音を抜いていってシンセで作っていこうとか、そういうアイデアの転換はありました」

――なるほど。いろいろ激動のバンド人生があったんですね。

「僕はもう慣れてしまいました(笑)」

――前作から今作に至るまでに、バンドに対する捉え方や姿勢、考え方は変わりましたか?

「大分変わりました。このアルバムを作り終えるまでにいろいろ思い知った部分もありつつ、自分の知識につけ足してもらったものもあります。例えばの話になるんですけど、バンド・メンバーに対しても、いままでは〈お好きにどうぞ〉って任せていたんです。任せると言った以上は、しょうがないなって思う妥協もどこかにはあったんですね。でも今回はそれがなくなりました。ミックスやマスタリングに関しても、参加してくれているミュージシャンへのディレクションに関しても、(前作で)後藤さんにプロデュースしていただいたことがいいノウハウになりました。

また、(アジカンの)サポートをさせていただくことでバンドというものを俯瞰で見れたのも大きかった。キーボードは(アジカンにとって)マストじゃないパートでしたし、基本的に音源には入っていないので、自分がどうバックアップをしたらバンドがパフォーマンスしやすくなるのか、どうしたら後藤さんが歌いやすいかということの訓練だったというか、プラス・ワンでバンドに関わるということを知れた部分がありました。〈あ、こういうことが自分はできるんだな〉っていうことを確認したり、作りながら自分ができること、いままで手を抜いていたことをいちいち発見していった感じです」

――自分はこんなこともできるんだ、こんなこともやらなきゃいけないんだって思うことで、自分のキャパシティがより広がっていった。

「それは凄く感じています。37歳で、16年やってきたバンドで、歌詞が書けなくなる瞬間や曲が書けなくなる瞬間っていうのはいままで沢山あったんですけど。逆に言うといまはそういう自分に足りないものとか、ここはもっと突き詰められるなとか、こんなおもしろい曲の作り方があるとか、ヴォイシングの方法論があるんだっていうことを学べたことで、次もすぐ作れるなって思ったりしました」

 

わかってもらえなくても構わないから、自分の思ったことを書こう

――今回はいろいろなゲスト・ミュージシャンを呼んで作り上げた作品です。

「基本的に好きなミュージシャン、自分が信頼しているミュージシャンに声をかけさせてもらいました。事細かにディレクションはしなかったですが、具体的に〈あなたのどこがどういうふうに好きだから、こういうものが欲しい〉とか、そういうことを嘘なく真っすぐに伝える。そうすることで皆さん凄くいい顔をしてくれて、いいプレイをしてくれるんです」

――逆に長年一緒にやっているバンド・メンバーだと、〈言わなくてもわかるだろ〉っていう部分があるのかもしれないですね。

「そうですね。どうしてもコミュニケーションを疎かにするところはあったかもしれないですね。そういう部分が丁寧になりました。あと、いままで自分は音を足すタイプの人間だったのでコーラスを入れたらもっと派手になるとか、そういうことを考えてやっていました。でも最近は自分の聴いている音楽がどんどん隙間が増えて音数が減ってきた。コードをそもそも鳴らさない音楽にとても魅力を感じるようになってきたんです。そうなってくると〈ここはピアノの世武(裕子)さんがいいプレイをしてくれたから、他のギターやシンセは抜こう〉とか、そういう判断をして、もらったデータを全部編集し直したりもしました」

――音を抜くこと、隙間を活かすことを考えるようになった。確かにアレンジは前作よりすっきりして風通しが良くなった印象です。

「そうですね。最終的に音をバンバン抜いたんです。本当はもっと抜きたいなって思う部分はあって、それはミックスの技術を駆使して成立させている部分もあるんですけど。単純にどんなにいい音響機材を使っていても、情報を再生することの限界はあると思うんです。その時に何を聴かせたいのかっていうことが明確でないと凄く散漫になっちゃう瞬間が多くて。ライヴは正直そういう部分では図れないと思うので、勢いだったりガーっとはみ出ちゃった部分だったりが凄くいいこともあるので、必ずしも(音を抜いたほうがいいとは)言えないんですけど。音源ではそこが凄く差が出るかなと思いました」

――なるほど。『回転体』から6年経って、ほかにどういうところが自分で進化したな、成長したなと感じていますか?

「メンタリティですかね(笑)? そこが大きいです」

――強くなった。

「強くなりましたね。僕はもともと自己肯定感が強くなくて。以前は、〈これでいいのかな?〉って思うことが多かったんです。前作のセールスが最初メジャーでリリースした時よりも2倍以上伸びて、ライヴの動員もいままでやってきた中でいちばん多かったんですけど、それは自分の力ではなく、ゴッチさんの力だなと思っているのが自分の中ではコンプレックスというか、自信の無さに繋がっていて。今回も後藤さんにプロデュースをお願いしたら受けてくださったと思うんですけど、自分でしっかりやろうと思っていました。周りをあまり気にしないで、自分がこうだと思った勘を頼りに作っていこうと思って、その通り出来たのは自信になりました」

――歌詞についてはどうですか。今回前半はかなり内省的で、後半になるに従ってだんだん開かれて、ポジティヴになっていく印象です。

「前作はいろいろ躓いた後の一発という感じだったので、内省的ではあったんですが、そのタイミングで出す曲があまりにもプライヴェートだとよくないよなとか、リミットを自分の中でかけている瞬間があったんです。嘘は全然書いていないんですけど。聴いてくれた人に何か良い力のフィードバックを与えられるような歌詞を書こうと考えていました。でも、今回に関してはそういうことをするのはやめようと思って。全然わからなくてもいい、わかってもらえなくても構わないから、自分の思ったことを書こう、共感性っていうものはあまり求めないようにしていました。それで筆を進めていったら、あまりいままで書いたことがなかったので最初こそ苦労はしたんですけど、〈これでいい! これでいい!〉って進めていけたのが楽しかったです」

――それは、より正直に、率直になったという理解でいいんですか?

「はい。そうですね。内省的なものでいいと思い込んで書いていたので、結果開いてみたらこっちの方が実は自分らしいし、率直に伝わりやすいのかなと思ったりもします」

――伝えなきゃいけないと思って書いていた歌詞と、いまの歌詞では何が違うんですかね。

「なんでしょうね……。まだライヴで数回しか演奏していなかったりもするので、歌ってみないとわからない部分もあるんですけど。前のアルバムだとめちゃくちゃ元気みたいな状態じゃないと歌い上げられないことが多いというか、これはポジティヴな歌詞だからそういう精神状態で歌わないと嘘が出るっていうところで、やりたくないなと思うことは多かったりもしました」

――前作のいろんな感想やレヴューをネットで見ると、〈凄くポジティヴで元気になれる〉みたいなことが結構書いてあって。

「〈多幸感〉って凄くよく言われますね」

――そんな簡単なものじゃないし、そんなふうに思われちゃうことはアーティストとしてどうなんだろうなと思ってました。

「いまは、〈そう伝わるのならそうなのかな〉っていうくらいで。でも当時は、〈そういうもんじゃないんだよ〉って思っていた時もあります。実はここに闇を忍ばせてて、みたいな話を(インタヴュー等で)しようかとも思ったんですけど、そういう説明をするっていうこと自体が自分の足りなさなのかなと」

 

いままで続けられきたのはアジカンのメンバーのおかげ

――なるほど。ほかにサウンド面で新しいチャレンジになったところはありますか?

「デモ・トラックは全部打ち込みで作っていたので、ひとりになった時点で生ドラムを編集して、再度レイヤーしてビート自体を変えようかとか、昨今のムーヴメント的にビートメイキングでトラックものにした方が、ぽくなるなと思った曲も正直いっぱいあったんですけど。でもトラックメイキングが得意な人は沢山いるし、そういう方たちの音楽が僕も好きなので、自分がその手法で音楽を作ったところで、カッコいいなと思っているものを超えられる自信がなかったんです。なので自分がいままでやってきたバンド形態で、人の生演奏を使って、エディットはそこまでせずにどうやったら太い音が作れるかっていうことを、自分なりに工夫したつもりです」

――例えば、ここはもうちょっといじれば自分の好みに近づくけど、これ以上やったらダメだってリミットをかけたところもあるんですか?

「それはもちろんあります」

――それはオリジナルの演奏してくれた人のよさを活かすため?

「そうですね。あとはよく昔のロックやソウルを聴いていると、愛嬌のようなミスタッチとかありますよね。そういうものが好きだったりするんですけど、今はグリッドと向き合うとどうしてもズレていることがわかってしまうんです。数字で全部出てくるので。これを少し移動したらリズムは正確になるけど、それは果たしておもしろさに繋がるのか?と。ベースとドラムスが同時録りのトラックが何曲かあるんですけど、1回自分でやってみたんです。バチバチに合わせるわけじゃないんですけど、ちょっとここだけタイミングをズラせたらもうちょっとグルーヴが出るかなと思ったんですけど、全然おもしろくならなかった記憶がありますね」

――なるほど。今回はアジカンの“踵で愛を打ち鳴らせ”のカヴァーもやっていますね。

「2年前に『AKG TRIBUTE』というトリビュート盤が出て、そこに収録された曲のリテイクなんです。そこに参加しているアーティストは僕たちよりももっと若いバンドの方たちなんですよね。それこそ直接アジカンから影響を受けてバンドを始めたような子が参加しているような作品だったんですけど、お話をいただいて、やらせてもらえるなら是非と言って受けさせていただきました。その時はゴッチさん主宰の、only in dreamsっていう僕らのレーベル仲間のヴォーカリストたちを招いてやっていて。自分が全部歌い上げるよりも、いろんな人達が参加して、後藤さんに対する愛とか敬意が伝わるほうがいいかなと思って収録したんです。

トリビュートに参加するのも初めてでしたし、カヴァー曲を演奏することも滅多になかったんですけど、これはアレンジがいいしライヴでやってみようと思って。それからはやらないことがないくらいライヴで何度も演奏していくうちに、自分のなかでこの曲は自分たちのものにできたという実感を持てるようになったんです。お客さんもアジカンのカヴァーっていうことは知りながら自由に楽しんでもらえているし」

――なるほど。

「ただライヴでずっと演奏していると、アレンジはもっとこうしたかったとかが見えてくるんですよね。僕のなかではもっとこうすれば良くなるって思うところがあったし、ひとつアジカンに対して何か――いままで続けられてきたのはアジカンのメンバーのおかげだし、今回キューン(Ki/oon Music)でまた出していただくということもあるし、しっかりラヴが伝わればいいなと思って、今回アルバムに入れさせていただきました」

 

次がまだあるな

――アルバム全体としても、曲も歌詞もアレンジも、いろんな面で前作より進化した作品だと思います。達成感があるんじゃないですか?

「ようやくちゃんと腹をくくって、ここから先やれるなって思いました。ミックス・ダウンの時もマスタリングの時もそうですけど、こんなに大変な作業なんだっていうことを改めて感じましたし、ジャケットもこういうアイデアで作るとか、ひとつひとつ迷いまくってたんです、いままで。でもこれが本来あるべき姿で、正々堂々ここからまたやり直す――やり直すというか、次がまだあるなって思えるようになった気がしています」

――つまり〈the chef cooks meというものを終わらせるために〉という当初の考えはなくなって、バンドを続けようという気持ちになれたということですね。6年間出してなかったけど、これだけのものが作れたんだったら、後は重荷を下ろして楽しくやるだけですね。

「そうですね(笑)。楽しくやれそうだなと思ってウキウキしている部分は凄くあります」

――ところで今回、ジャケットがないとお聞きしてびっくりしています。

「(笑)。そうなんです」

――初回仕様以降はブックレットがつくそうですが、初回仕様はCD盤とプラケースだけ。こういう形態で出すのはどういう意図なんでしょう?

「最初はデザイナーさんから〈初回仕様でデジタル・ブックレットはどうですか?〉って提案をいただいて。僕も〈え!?〉って思ったんですが、トライするのもおもしろそうだなと。紙、ブックレットに対して愛着はあったんですけど、CDっていまやなかなか(売るには)厳しい時代で、モノとして欲しいと思ってくれる人はどれくらいいるのかと思って。デジタルブックレットだと、(初回仕様のCD購入者だけが閲覧できる)WEBサイトの方で歌詞やクレジットを見られる。だったらそこを充実させようと。

今回ゲスト・ミュージシャンが大勢参加してくださっているので、クリックするとご本人のサイトだったりSNSに飛んで、その人がどういう活動をしているのか知ることができる。あとサイトだけで聴けるリミックスを上げたりとか、買ってくれた人に喜んでもらえる内容にしたいなと思いました。紙だとそれはできないので」

――ブックレットも含めCDというメディアに愛着を持ってる人は多いと思うので、ちょっと寂しい気はします。

「あはははは。そうですね、これは出た時にファンの方は慌てふためくというか、違和感を感じるだろうなとは思っているんですけど。ただ、何かこういう形で違う実験をしてみたいと思ったので、いろんな反応が出てくるんだろうなと」

――新しい試みで市場に出てどういう反響があるのか、ちょっと興味深いですね。

「僕も凄く楽しみです」