その時々にいいものを作りたい――充実した日々を送っていたことがわかる旅の記録のようなアルバムになりました(藤原)

Official髭男dism Traveler ポニーキャニオン(2019)

いま最も〈聴かれている〉バンドがリスナーの渇望に応えるようについにメジャー・ファースト・アルバムをリリースする。2019年を代表する1曲“Pretender”を始め、現代的なホーン・アレンジをお茶の間にも浸透させた“宿命”、現行の海外シーンともシンクロするサウンド・プロダクションの“Stand By You”などシングル曲や、映画「HELLO WORLD」の主題歌である“イエスタデイ”など7つのタイアップ楽曲を含みジャンル感を拡張。1曲入魂のスタンスが結実した。

「振り返ってみるとほんと充実した日々を送ってたんだなってことがわかる旅の記録のような感じです。アルバムとしていいものを作るっていうのももちろん大事なことだと思うけど、今回は1曲1曲、その時に作りたい、いい楽曲を作るという方が僕の感覚としては近くて。それが14曲並んだフォトアルバムみたいなアルバムになった理由だと思います」(藤原聡/ヴォーカル&ピアノ)

多数の楽曲を送り出してきただけに、コンセプトは立てられなかったとも言えるが、それだけに各々の楽曲に込めたアイデアや試行錯誤のエネルギーが際立ち、キャラクターが濃いのも事実。そして今作からメインソングライターの藤原以外に、小笹大輔(ギター)と楢﨑誠(ベース&サックス)作詞作曲の曲が収録されているのも聴きどころだ。小笹作の“Rowan”はプロデュースとエンジニアリングでThe Anticipation Illicit Tsuboiが参加。ヒップホップのトラック的なオケが新鮮な仕上がりに。

「NujabesやCommonなど、生楽器のヒップホップが好きで。1曲枠をもらえたので好きにやってみました。Tsuboiさんにお願いしたのは僕がかっこいいと思っている日本のヒップホップの音作り――PUNPEEさんやJ.J.J.さん、KANDYTOWNなどが軒並みTsuboiさんで。彼にお願いすることで行けるとこまで行けると思ったし、ヒゲダンの幅も広がると思ったんです」(小笹)

一方、楢﨑作の“旅は道連れ”はメンバーが口を揃えて「ならちゃんのハッピーな人柄が出ている」という肩の力が抜けたヒゲダンの中では異色な(!?)ナンバーだ。

「すごいスピードでヒゲダンが大きくなってきたなかでもちゃんと隙を見せておきたいなというか、〈脇甘いっす、自分〉みたいなところを(笑)表現したくて。歌詞はファンの人のSNSや現場のチームの人が考えてることを参考にして、人は1人では生きていけないものだなぁと思って書きました」(楢﨑)

〈脇が甘い〉という物言いは彼流の優しさだと思うが、とにかく4人が4人ともバンドをプロデュースする能力が高いことだけは間違いない。2人の新しい色も加わりながら、藤原もアルバム曲で既発の人気曲“犬かキャットかで死ぬまで喧嘩しよう!”にも通じるユーモア溢れる“最後の恋煩い”や、バンドや音楽を愛するが故にこぼれ落ちた本音のような“ラストソング”など、アルバムで初めて触れられる楽曲で彼らしいアプローチを見せている。

「“最後の恋煩い”は〈最後の恋煩いを始めよう~〉っていうラインがメロディと一緒に出てきてくれたので、そこからパズルを埋めてくみたいに、じゃあどういうことにしようか? 最後の恋煩いとはなんぞや? というところからブレストして考えたところはありますね。〈生前贈与〉ってワードもメロが連れてきてくれたんですよ」(藤原)

圧倒的な完成度でリピートしてしまう“Pretender”や、すでにライヴでキラーチューンになって久しい“FIRE GROUND”や“Amazing”など、すでに存在がキャッチーなアルバムではあるが、アルバムの流れで聴くことで浮かび上がる意外性もあるはず。

「“Pretender”で僕らを知ってくれた人がアルバムを通して聴いて、ヒゲダンのこの顔もいいなみたいな僕らのまた違った良さを見つけてもらえたら嬉しいですね」(松浦匡希/ドラムス)