インタビュー

「フェスティバル/トーキョー19」対談 マグダ・シュペフト × 小林エリカ――聞こえない声に耳をすます

「フェスティバル/トーキョー19」対談 マグダ・シュペフト × 小林エリカ――聞こえない声に耳をすます

聞こえない声に耳をすます

 今年の「フェスティバル/トーキョー」こと「F/T」の作品プログラムのうち、海外作品の目玉のひとつが、ポーランドの俊英マグダ・シュペフトが演出する「オールウェイズ・カミングホーム」だ。本作はアーシュラ・K・ル=グウィン(1)の同名小説をもとに、日本のパフォーマーたちとコラボレーションしながら「ユートピア」を舞台上に現出させるという試みである。その独特の世界観や制作スタンスをめぐって、放射能をめぐる現在の状況に問いを投げかける作家・小林エリカと語りあっていただいた。

小林(以下)「私はアレクシエーヴィチ(2)という作家が大好きなんです。彼女はチェルノブイリの人々にインタヴューをしながら物語を立ち上げていくという書き方をしていますが、マグダさんのやろうとしているコンセプトや手法を聞いて、彼女のことを思い出しました」

シュペフト(以下)「私も大学時代に、アレクシエーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』を題材に作品を作ったことがありますよ。私もジャーナリズムを学び、ドキュメンタリーにフィクションをまぜこんで作品を作っていますが、そのきっかけになったのはまさに彼女なんです。ポーランドの演劇界では古典がいまだに大きな力をもっていますが、むしろ私たちの目の前にある出来事を、ドキュメンタリーの手法で扱いながら演劇に昇華する方法の方が、感情に訴えかけることもできるし、いろいろな効果も生み出せると思っています」

 シュペフトのそうした手法は、彼女が演劇界の注目を集めるきっかけとなった2015年の作品「私を愛したイルカ」にすでにはっきり現れている。これは、アメリカで1950~60年代に行われた、人間とイルカとのコミュニケーションを試みる実験をめぐる物語である(3)。結果的にこの実験は失敗し、対象とされたイルカのピーターは実験終了後に亡くなった。これはピーターに訓練を行なった女性科学者マーガレットとの絆が失われたこと、つまりは失恋による自殺だったといわれている。シュペフトはここに見られる人間中心主義を批判する。

「ここで私が感じたことがふたつあって、まずひとつは人間のやり方や考え方をほかの動物に押しつける暴力性や残酷さです。そしてそれができないとなると、自分たちより劣っていると考えてしまう。そこにはイルカから何かを学ぼう、イルカのやり方を学んでみようなどという姿勢はまったく見られません。もうひとつは、そのときのメディアの伝え方の問題です。メディアはマーガレットとピーターのラヴストーリーばかりにフォーカスした報道をしましたが、これもいささか疑問です。
 この出来事を舞台化するときに私が注目していたのは、彼らのコミュニケーションがことばのみに頼るものではなく、身体の運動や接触を伴うものだったことです。ですから上演する際には、ふだんはダンサーとして活動していない人たちをパフォーマーとして舞台に上げて、ダンスのような作品を作ってみました」

「科学のもつ残酷さと、同時に科学にちょっと惹かれてしまう気持ちをどうとらえていますか」

「いま哲学の本をたくさん読んでいるんですが、最近の哲学の主題のひとつは科学や倫理をどうとらえ直すかというものです。私がとてもいいなと思ったのは、ダナ・ハラウェイ(4)で、彼女は動物実験は人としてやらなくてはいけないときもあるが、そういう実験を行うときには、実験に参加する動物たちがどんな苦しみを味わうのかを考えなくてはいけないというんですね。これはとても素晴らしい考え方だと思いました。
 ただ、これは非常に難しい話でもあって、今の科学は資本主義の枠内にありますから、すべての意思決定はお金と時間の圧力の中で行われ、結局一番経済的で、効率のよいやり方が選択されてしまいます。もしそれを変えて、ダナ・ハラウェイの考え方が実現できるようになれば素晴らしいですね」

「それは今回の作品の原作にあたる『オールウェイズ・カミングホーム』にも通じる考え方のような気がします」

「おっしゃるとおりで、『オールウェイズ・カミングホーム』に出てくるすべての生物たちは、みな平等な立場で、それぞれに魂をもつものとして描かれています。人だけが何かを所有したり、占領したりするものではないという考え方は素晴らしいと思います。これはアメリカの先住民の考え方に影響された考え方ですね。私はこれは仏教や道教の考え方に通ずるものなんじゃないかと思いますが、いかがですか」

「私自身、八百万の神とか、あらゆるものに魂が宿っているという考えに共鳴しますし、その考えがいつも心のベースにあります。でも同時に、私は小学校のころからクリスチャンの学校に通っていたので、キリスト教に影響された部分ももちあわせていて、すごく複雑な気持ちです。
 『オールウェイズ・カミングホーム』に、ウィリアム・ブレイク(5)の「人間であることのすべては芸術と庶事一般にある。」ということばが引用されています。私は、その「芸術と庶事一般」に宿るものに耳をすますことがすごく重要だと思っています。ル=グウィンが、目に見えないものを見ようとする姿勢や、聞こえない声――たとえば動物の声、権力をもたない側の声に耳をすますという方法を提示していることには、すごく共感します」

 ル=グウィンの「オールウェイズ・カミングホーム」は、ふつうの小説のようにはじめから終わりまでストレートに読める構成をとっていない。歌、物語、詩、考古学的な資料、歴史、戯曲など、さまざまなタイプのテクストが、ある文明をめぐるドキュメントのように置かれ、読者はそれらに自由にアクセスすることができる。読み方によって、その文明のとらえ方も大きく変わってくるはずだ。ただ、シュペフトは、劇場に本のような構成をもちこむのは難しいという。

「私が考えているのは、どうすれば観客にこの本と同じような自由度を残せるかということです。私はパフォーマーと観客の間の距離や関係性を、従来の「舞台対椅子」という感じにはしたくないので、作品を作るにあたって、観客の目線やパフォーマーとの向き合い方に直接影響する、劇場空間の構成がとても重要だと考えています。
 本は個人個人が向き合うものですが、パフォーミングアーツでは、ある時間と場所に集まった人の中で一時的にコミュニティが形成され、その間の時間は絶対に共有しなくてはなりません。本のように勝手に前に戻るわけにはいかないのです。演劇の難しいところは、集まった人々をコミュニティとして成立させなくてはいけないということと、時間を使わなければいけないということだと思います」

「私自身も小説の中にドキュメントの要素をまぜたり、どうやって実際の出来事からフィクションを立ち上げるかということにずっと興味をもっています。小説やマンガはひとりの手でコントロールできるけれど、舞台はパフォーマーや観客がいるので、どこかで他人の手に委ねなくてはならない。そういう中でドキュメンタリーの要素を取りこんだ作品を作るのはとても挑戦的だし、またすごく難しいことに思えます。マグダさんはそこをどう意識しておられるんでしょう」

「今回3人の日本人の女性パフォーマーが参加してくれることになっていますが、いつか日本のパフォーマーと作品を作りたいと思っていたので、今回このF/Tでそれが実現するのは私にとってもうれしいことです。
 こうした他文化と交流しながら制作することは、常により豊かな作品につながると私は信じています。ピナ・バウシュやピーター・ブルックといった演出家たちは、それを常に作品の中で体現していました。自分のもっている文化や言語や教育といった背景から抜け出して、どれくらいお互いから学び、お互いに分け与えることができるかという状況自体が、作品にとって重要で不可欠なものです。
 そうした場で、日本でもポーランドでもない、ル=グウィンのようなフィクショナルな文化をみんなで考えていくことで、私たちの想像力そのものがコラボレーションして結びつき、ひとつの作品が生まれてくる。そのこと自体がル=グウィンの作品からインスパイアされたものだといえます。
 小林さんの作品にも、歴史や伝記、人生のドキュメンタリーをどうとらえ直すかについて、新しい視点が提供されているようで、興味深く思っています」

「私は、歴史書には書かれない、日常のささいなことに興味があるんです。日常はささいなことからできあがっているけれど、歴史書に書かれないからといって重要でないとは限らない。それはもしかするとル=グウィンの考える可能性の話なのかもしれない……。私はポーランドのシンボルスカ(6)という詩人と彼女の「可能性」という詩が大好きで、その可能性をどこまで想像できるかをいつも考えながら書いています」

「日本とポーランドは、表面的にはまったく違う文化だけれど、どこかで共通する感覚があるような気がします。家族や友人への思いやりや、芸術でやろうとすることとか……。ですから、日本人とポーランド人の間にはなにかわかりあえるところがあると思っています」

(1)アメリカのSF作家。1929ー2018。人類学、エコロジー、フェミニズムなどの知見を取り入れて、SFやファンタジーに新しい分野を切り拓いた。代表作に『闇の左手』『ゲド戦記』。
(2)スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ。ベラルーシのジャーナリスト、作家。1948ー。膨大な聞き書きから大事件や社会問題を描き出す手法を用い、2015年にジャーナリストとして初めてノーベル文学賞を受賞。代表作に『戦争は女の顔をしていない』『チェルノブイリの祈り』。
(3)この実験を主導したのは、アイソレーション・タンクなどの研究でも知られるジョン・C  ・リリー博士である。
(4)アメリカの学者。1944ー。科学技術の発展をフェミニズムを軸に批判的に考察する。代表作に『サイボーグ・フェミニズム』『犬と人が出会うとき』。
(5)イギリスの詩人・詩人・画家。1757ー1827。「幻視者」と呼ばれ、独自の象徴的神話体系を構築した。イギリスの聖歌「エルサレム」は、ブレイクの詩にヒューバート・パリーが曲をつけたものである。
(6)ヴィスワヴァ・シンボルスカ。ポーランドの詩人。1923ー2012。1996年、ノーベル文学賞受賞。「可能性」は、「(私は)~のほうが好き」という事柄が列挙された後、「生きることにはそれなりの理由があると/その可能性なりと気に留めるほうが好き(工藤幸雄訳)」と結ばれる。

 


小林エリカ(Erika Kobayashi)
1978年東京生まれ。作家・マンガ家。著書は小説「マダム・キュリーと朝食を」(第27回三島由紀夫賞候補、第151回芥川龍之介賞候補)(集英社)、“放射能”の科学史を巡るコミック「光の子ども1,2」(リトルモア)、短編小説「彼女は鏡の中を覗きこむ」(集英社)、アンネ・フランクと実父の日記をモチーフにした「親愛なるキティーたちへ」(リトルモア)、作品集に「忘れられないの」(青土社)など。2109年夏「光の子ども3」(リトルモア)、秋に小説「トリニティ、トリニティ、トリニティ」(集英社)刊行予定。

 


マグダ・シュペフト(Magda Szpecht)
1990年、ポーランド、イェレニャ・グラ生まれ。ヴロツワフ大学でジャーナリズムとソーシャル・コミュニケーションを学んだ後、クラクフ国立演劇大学に入学し演出家としての活動を開始。2014年に発表した「私を愛したイルカ」はベルリンHAU劇場での100°Berlin Festivalで審査員賞を受賞。また、2016年国際演劇祭「神曲」の若手作家コンクール「パラディーゾ」で、「シューベルト。12人の演奏家による ロマンチックな第一弦楽四重奏」を上演し優勝。欧州演劇界の若き鬼才として、世界から注目されている。

 


LIVE INFO

フェスティバル/トーキョー19
○10/5(土)~11/10(日)
会場:東京芸術劇場、あうるすぽっと、シアターグリーン、トランパル大塚、豊島区内商店街ほか
https:www.festival-tokyo.jp/

 

『オールウェイズ・カミングホーム』
○11/8(金)19:00開演
○11/9(土)15:00開演★
○11/10(日)13:00開演
★終演後、ポスト・パフォーマンストークあり
【上演時間】約90分(予定)
【上演言語】日本語・英語
【演出】マグダ・シュペフト
【会場】東京芸術劇場シアターイースト

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