現代に生きる音楽としてエディット・ピアフの音楽を歌い続けたい

 パトリシア・カースが『マドモアゼル・シャントゥ・ブルース』で鮮烈な印象を残したのは1987年のことだった。ドイツとフランスの国境地帯から登場した少女の歌声は、シャンソンとブルース。それまであまり関係がないと思われていた音楽に橋をかけるものだった。以後シャンソン界の第一線を歩み続けてきた彼女が満を持して発表したのが2013年の『カース・シャントゥ・ピアフ』とそのツアーから生まれた最新作『カース・シャントゥ・ピアフ~パリ・オランピア・ライヴ』だ。デビュー当時から「現代のエディット・ピアフ」と呼ばれてきた彼女だが、これまでピアフの歌は慎重に避けてきたという。

 「ピアフを引き合いに出して語られても、若いころはどうして比較されるのかわからなかったんですよ。ピアフの音楽には語りがそのまま歌になっているような真実味がある。つらい人生を送った人ですが、弱さも強さも陽気な面も持っていた。わたしも経験を重ねて、そういうことが理解できるようになったということでしょうか。それでわたしなりの声とうたい方で彼女にオマージュを捧げようと思ったんです」

PATRICIA KAAS 『Kaas Chante Piaf A L’Olympia』 Richard Walter Entertainment/キングインターナショナル(2014)

 しかし街角の歌手から出発して20世紀中期のシャンソンの頂点にのぼりつめたピアフの歌に取り組むのは、彼女にとっても簡単ではなかった。

 「2011年の夏に南仏の空の下で400以上ある彼女の歌を聴き直しました。そして“バラ色の人生”“愛の讃歌”といった有名な曲だけでなく、個人的に思い入れのある“美しい恋の物語”のような曲も選びました。この歌詞は彼女の最愛の恋人マルセル・セルダンが飛行機事故で亡くなった悲しみの中で彼女が書いたものですね。ピアフに敬意を払いながら自分自身であり続けるように、身を置く位置を考えました。“ミロール”を長調から短調に変えたり、舞台では彼女とジャン・コクトーをはじめとするさまざまな出会いを表現したり」

パトリシア・カースのドキュメンタリー映像「Moments Partags」

 踊りや演劇的な要素を加えて凝縮した来日公演は、コクトーがらみの“白衣”や、ワルツにブルース的な感覚を加えた“群衆”など、見どころ聴きどころが多かった。ライヴ盤のDVDで見られるパリ公演にはヒップホップ的なダンスも入っている。

 「彼女の音楽の現代的な面を感じてほしかったんです。フランスではロックやヒップホップの人も彼女の曲をとりあげています。ワールド・ツアーでも、彼女の音楽が現代に生きる音楽として受け止められていることを実感しました。彼女の歌をカヴァーするのは賭けでしたが、やってみてよかった。この自信を次のオリジナル・アルバムにつなげたい。きっとこれまでと同じうたい方はしないだろうと思います」