
数多くのロック・レジェンドたちを撮影してきたカメラマンにして、ウェブページ〈久保憲司のロック・エンサイクロペディア〉を運営するなど音楽ライターとしても活躍しているクボケンこと久保憲司さん。Mikikiにもたびたび原稿を提供いただいております。そんなクボケンさんによる連載が、こちら〈久保憲司の音楽ライターもうやめます〉。動画配信サーヴィス全盛の現代、クボケンさんも音楽そっちのけで観まくっているというNetflixやhulu、FOXチャンネルなどの作品を中心に、視聴することで浮き上がってくる〈いま〉を考えます。
今回のお題は、チャイルディッシュ・ガンビーノ名義での音楽活動でもおなじみの俳優、ドナルド・グローヴァーが脚本/制作/主演を務めるドラマ「アトランタ」。アメリカ南部の黒人社会を舞台に、四苦八苦しながら生活を営む人々の悲喜こもごもを描いた同作が、なぜ世界中で人気を集めているのか。その理由を考えました。*Mikiki編集部
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3連は南部のリズム
「いまのラップは全部トリプレットでクソだぜ」と言うスヌープ・ドッグと同じことを思ってしまう時代に乗れない久保憲司です。
トリプレットというのは三連のことで、「シャネル、シャネル、シャネル」「プラダ プラダ プラダ」とかラップするミーゴスのような人たちのことです。
ギターの三連の練習に「目黒、目黒、目黒」「渋谷、渋谷、渋谷」とか言って練習するんですけど、ギターの練習か!と思ってしまうのです。
トリプレットってたぶん、南軍の行進曲のリズムなでしょう。いまヒップホップで重要な場所のアトランタって南北戦争いちばんの激戦区で、街が全部一度燃えてなくなってしまっているのです。その街をもう一度復興させようと多額の投資が行われ元に戻ったのですが、ずっと亡霊がいるかのような街なのです。
「アトランタ」は南部ゴシックをオフビートなコメディーにした
それがドナルド・グローヴァーことチャイルディシュ・ガンビーノ主演/脚本、いま話題のドラマ「アトランタ」の背景です。ドラマのなかで不思議なことがときどき起こっていますが、その背景にはこういう歴史があるからなのです。一言で言うと南部ゴシックなんですけど、それがいまも続いているわけなのです。というかいまも続いていたのかとびっくりなんですけど、ダーティ・サウスの変な感じというのはこれなのです。
そんなドラマを日系の監督ヒロ・ムライ(なんとYMOを海外で大成功させた村井邦彦さんの息子)と作っているのが、日本人として誇り高いです。
アメリカではあまり受けないオフビート、ダウンビートのコメディーが受けているのも嬉しい。オフビート、ダウンビートとはリズムの頭じゃないという意味なので、つまり風変わりなコメディーということです。裏を強調した音楽って黒人音楽の特徴なので、黒人らしいコメディーといえば当たり前のことなのですが。
スパイク・リーの一作目「シーズ・ガッタ・ハヴ・イット」(86年)は黒人オフビート・コメディの傑作なんですけど、「アトランタ」と似ているなと思うところがたまに出てきます。最新シーズンで、主人公のアーンが一夜限りの女性の家で朝起きる感じとか「シーズ・ガッタ・ハヴ・イット」のオープニングを思わせる気怠さで、きっとスパイク・リーへのオマージュなんだろうなと思いました。スパイク・リーもアトランタ出身ですね。

問題だらけの僕たちが〈どう生きていくか〉
「アトランタ」は主人公のアーンが名門プリンストン大学を辞めてアトランタに戻ってくるところから始まります。黒人でプリンストンに行くって凄いことなのです。でも白人ばかりのプリンストンで勉強することに違和感を感じるアーンは地元に戻ってくる。地元に合わず、大学にも合わなかった男の物語です。結婚もしていて、子供も1人もいるのですが、別居中、家族とも上手くいかない、誰とも合わない男の物語。そう、いまの僕たち、私たちの物語です。
なぜアーンが大学で上手くいかなかったのか、なぜ地元を離れようとしたのか、なぜ奥さんと子供と別居したのか、なぜ母親と上手く行っていないのか、一切説明はないのです。そんなのわかっているだろ、お前もそうやって問題を抱えているだろと問いかけているのです。
そんな問題はどうだっていいだろ、人間は生きていかなければならないのだから。このドラマで問いかけているのは〈どうやって生きていくか〉だけです。

変だけど切実な物語
アーンは従兄弟でアンダーグラウンドのラッパーとして成功しているペーパー・ボーイのマネジャーになることでなんとか生きていこうとします。
これがシーズン1と2の物語です。ネタバレになるかもしれませんが、シーズン2ではマネジャーをクビになりそうにもなりますが、家族のことをいちばんに考えるペーパー・ボーイとどんなことをしてでも生き残ろうと決意したアーンを見て、ペーパー・ボーイはこれからも雇っていこうと考えをあらため、シーズン2は終わります。
これから物語は世界と対決していくと思うのですが、どんな答えが待っているんでしょうね。
どんな物語になろうと、演じている役者がいいから目を離せません。チャイルディシュ・ガンビーノはもちろん、「ジョーカー」(2019年)でもカメオ出演だったが、ペーパー・ボーイと同じように味のある演技をしたブライアン・タイリー・ヘンリー、同じ「ジョーカー」では重要な役をやったザジー・ビーツ。

そして僕のいちばんのお気に入りはペーパー・ボーイの同居人、第一世代のナイジェリアン・アメリカン、ダリウスを演じているるキース・リー・スタンフィールド。あの「ゲット・アウト」(2017年)で、パーティー会場にいた白人みたいな黒人役で、トボけた演技をしていたあの人です。この4人が繰り出す変だけど、切実な物語を僕は楽しみで仕方がないのです。