コラム

北方民族サーミの音楽、ヨイクに触れる

Exotic Grammar Vol.65-3

北方民族サーミの音楽、ヨイクに触れる

シャーマニズムと関連して誕生し、自然界とコミュニケーションを取るための方法として、また賛美と感謝を歌う讃歌として、現在に伝わってきた

 温暖化がこの地球上でもっとも顕著にあらわれているエリアとして注目をあびる北極圏。多大な量の氷が溶け、積雪量も毎年どんどん減少するなど未来への心配は尽きない。もともと冬は大陽の登らない極夜、夏は日の沈まない白夜の地である。人間が暮らしていく上で、あまりにも厳しい自然環境だ。

 この地に住む北方民族のサーミはいわゆる先住民族/少数民族の1つで、現在はノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアにまたがる地域に居住している。全体の人口は約5万人とも20万人と言われているが、環境問題に注目が集まる中、彼らの自然を敬うユニークなライフスタイルが現在世界中から注目されつつある。何百年も前から続く人間の基本的な生活様式を頑なに守る彼らから、私たち現代人が学ぶべき事は本当に多いのだ。

 「ヨイク」は、サーミを特徴づける文化の1つで、音楽であり、儀式であり、自然界と交流するための手法の1つだ。サーミの人たちは、ありとあらゆる自然の事象の中にそれぞれの霊が存在していると考えており(日本の神道やケルトの考え方と似ている)、自然界の声を聞くことこそが厳しい気候の中で生き残っていく唯一の方法だと信じている。

 サーミの生活はシンプルでいながら機能的で合理的だ。多くの人々がトナカイの遊牧で生計をたてており、最近ではスノーモービルが大活躍しているそうだが、古くからの犬ぞり文化も今でも残っており、民族衣装である「コルト」の模様の一部にはアイヌの文様に似たパターンも見られるなど興味は尽きない。しかし他の異教徒同様、彼らにも差別され迫害されていた時期が確かに存在していた。16世紀にキリスト教が布教され始めてからサーミのこうした自然信仰と哲学は弾圧の歴史を辿ることとなる。

 サーミの受けた不当な差別は、北方ヨーロッパの黒歴史の1つとして本や映画で過去への反省とともに近年多くの映画や小説、音楽を通じて海外に住む私たちの知るところとなった。特に日本でも大ヒットした映画『サーミの血(原題:Sameblod)』は印象深い作品で、2016年東京国際映画祭で審査委員特別賞と最優秀女優賞をダブル受賞をするなど非常に高い評価を受けた。主人公のサーミの少女は進学を夢見て、故郷を捨て、家族を捨てて、都会へと移住することを選択していく。1930年代、サーミは他の人種より知能や身体能力が劣っているとされ、いくら学校の成績がよくても進学はかなわぬ夢だった。サーミの集落で暮らしているかぎり、彼女に明るい未来などのぞめるはずなどなかった。

 そんな彼女も何かというとヨイクをしょっちゅう唱えていた。寂しいとき、楽しいとき、行き詰まったとき、未来を夢見るとき。言葉にできない思いがあふれるとき、彼女の思いを運びヨイクは木霊する。特に妹と一緒にボートの上で歌うシーンは、湖面にうつる光とともにとても印象的だ。またスウェーデンの大学都市ウプサラで行なわれた学生の集まりで「ラップランドから来たの? ヨイクを歌って!」と好奇の目にさらされるシーンも。

 一方で現代のヨイクのアーティストというと多くの映画音楽に取り上げられたマリ・ボイネという女性シンガーが世界的に有名だ。80年代から活躍している彼女はジャズやロックを融合したソリッドなサウンドでメジャーから何枚か作品を発表し、日本盤が出たこともあった。サーミ独特の不思議な喉の使い方をする歌唱が印象的で、その音楽はサーミ人ばかりではなく多くの音楽ファンの支持を集めている。日本には一度札幌のフェスティバルで来日経験がある。

 またアンゲリットという有名な女性グループでの活動を経て、現在ソロ・アーティストとして活躍中のウッラ・ピルッティヤルヴィにも注目だ。小柄ながら圧倒的な存在感を感じさせるウッラのステージは一度観たら二度と忘れることはできない。最近は娘がデビューし母娘でユニットを組む他、ヨイクの文化を継承する新しい世代としておおいに注目されている。

 そのマリやウッラ他、多くのサーミのアーティストたちの活動を支えてきたのが、実はこの秋再来日するフローデ・フェルハイム。筆者が北極圏で観た少数民族のフェスティバルでのマリの公演でも、東京の小ホールで観た心温まるウッラの公演でも、フローデはキーボードを前にサウンドの要となって大活躍だった。主人公の歌を柔軟なアレンジでがっつりと支え、フロントのアーティストが演奏中にフローデに送る熱い信頼の視線は、彼女たちがいかにフローデを頼っているかを如実に表していた。

 フローデはノルウェーの北極圏モシェエンに生まれ、お父さんがサーミ人で、両親は二人とも教師だったそうだ。5歳の時にピアノを与えられ音楽の楽しさを発見し、ほとんど独学でピアノの演奏を習得。他の多くのミュージシャンがそうであったようにロックやポップスに染まりつつ学生バンドを結成するが「きちんとした音楽教育を受けた方がいい」という音楽の先生のアドバイスに従いトロンハイム(ノルウェーの北極圏における最大都市)の音楽院でクラッシックやノルウェーの伝統音楽を学ぶようになる。84年くらいから地元の劇場でプロとして活動を始め、合唱曲やさまざまな編成のアンサンブルを多く手がけ、作曲家、キーボード奏者として活躍。その後、ヨイクとロックやダンスビート、エレクトロニックを融合させたトランスヨイクというグループを結成し、同時に多くのアーティストのアルバムをプロデュースするなど、とにかく第一線でサーミの音楽シーンを支えて来た最重要人物といっても過言ではない。また研究者としても熱心に活動し『アナと雪の女王』の舞台のモデルとなったレーロースと呼ばれる地方の古い伝統歌の収集にも力を注いでいる。もともとレーロースはフローデのお父さんの出身地で、鉱山街とその周辺の地域は世界遺産に登録されている。他にもワークショップや研究書籍の執筆などその活動は多岐にわたり、ヨイクと世界各地の音楽家とのコラボレーションにも熱心に取り組んできた。そして最大の話題は2014年にディズニーの大ヒット映画『アナと雪の女王』のオープニングで使われた「ヴェリィ」という楽曲。この印象的なオープニング曲で、フローデはヨイクとデンマークの賛美歌を融合させ、まったく新しいスタイルの合唱曲を生み出したのだ。

 そしていよいよこの冬、フローデの4回目の来日公演が行なわれる。過去には姪で今年の春、ノルウェーのグラミー賞を受賞した女性シンガー、マリア・モッテンソンを伴って来日したこともあるが、今回は管楽器「山羊の角」(Goat Horn)を演奏するヒルデグン・オイセットとのユニットで、まずは「ヴェリイ」を歌った女声合唱団カントゥスとの公演に登場。

 その後、フローデとヒルダ二人のデュオ公演も決定しており、そこでは「聖歌」「合唱」を通じて声の可能性を追究してきたユニークなアーティスト、太田美帆を始めとする日本のアーティストたちとの共演も企画されている。

 なお蛇足だが、サーミの文化に興味をもった方は是非サーミの物語集「魔術師のたいこ」(レーナ ラウラヤイネン著 荒牧和子訳)を読むことをお薦めしたい。静かな中に熱い思いがあふれるファンタジーなので、サーミの文化、そしてヨイクに対する理解が深まることは間違いない。

 


寄稿者プロフィール
野崎洋子(Yoko Nozaki)

千葉県出身、日本大学文理学部卒。メーカー勤務を経て、90年ごろケルト音楽と出会う。96年には自身の音楽事務所を設立。現在までに300タイトル以上のCDを紹介、100本以上の来日ツアーを制作してきた。北欧の伝統音楽にかかわるようになってからは約15年。今まで行って一番感動した国はグリーンランドで、高野秀行さん、角幡唯介さんの著作を読みあさり、現在の夢は探検家になること。 THE MUSIC PLANT www.mplant.com

 


フローデ・フェルハイム(Frode Fjellheim)
作曲家/ピアノ、キーボード奏者。1959年、ノルウェーのモシェエンに生まれる。トロンハイム音楽院でクラシック音楽やノルウェーの伝統音楽を学ぶ。2014年に公開となったディズニーのアニメ映画『アナと雪の女王』のオープニング曲である《ヴェリィ》を作曲した。北欧の教会音楽とヨイクを取り入れた合唱曲は独特の美しさがあり、『アナと雪の女王』の世界的なヒットがきっかけとなって大きく注目されている。

 


LIVE INFORMATION

サーミのうた -ヨイクが響く-

○12/4(水)18:30 開場/19:00開演
会場:光明寺(東京都港区虎ノ門3-25-1)
【出演】フローデ・フェルハイム (ヨイク/ピアノ/キーボード)ヒルデグン・オイセット (山羊の角笛/トランペット 他)太田美帆(声)照井圭見/勝政美紀/大野田翠(UTAコーラス)

○12/7(土)13:30 開場/14:00開演
会場:奈良女子大学 記念館 講堂(奈良市北魚屋東町)
【出演】フローデ・フェルハイム (ヨイク/ピアノ/キーボード)ヒルデグン・オイセット (山羊の角笛/トランペット 他)太田美帆(声)松本太郎 (尺八)井原季子 (笙)

○12/8(日)18:00 開場/18:30開演
会場:島之内教会(大阪市中央区東心斎橋1-6-7)
【出演】フローデ・フェルハイム (ヨイク/ピアノ/キーボード)ヒルデグン・オイセット (山羊の角笛/トランペット 他)  ゲスト:太田美帆(声) [from CANTUS/UTA]

「ヨイク」 トーク&声のワークショップ

○12/8(日)18:00 開場/18:30開演
会場:島之内教会 1Fシオンルーム
*15:00 受付
*15:15-15:45 津田孝二「サーミの暮らし」トーク
*16:00-17:00 フローデ・フェルハイム 「ヨイク」ワークショップ

www.harmony-fields.com/event/yoik2019.html

関連アーティスト
TOWER DOORS
pagetop