2018年からYouTubeのライヴ・ストリーミングやSpotifyなどを介し、じわじわと音楽ファンに浸透していったローファイ・ヒップホップ(lo-fi hip hop)というジャンル。そのサウンドは、NujabesとJ・ディラの音楽から強い影響を受けたビートやザラッとした音像を特徴としている。

BGMとして、あるいはチルアウトのための音楽として、同ジャンルの需要は高まるばかり。これを受け、主要アーティストの作品のフィジカル化を熱心に行っているのがP-VINEだ。タワーレコード限定コンピレーション『Chillhop Radio ~Beats to Relax to』は、その入門編にして総決算的な充実作。本作をきっかけに、見過ごされがちなローファイ・ヒップホップ作家たちの作家性など、その〈深い沼〉をライターのimdkmが分析した。 *Mikiki編集部

VARIOUS ARTISTS Chillhop Radio ~Beats to Relax to P-VINE(2019)

 

ローファイ・ヒップホップを取り巻く状況

近年にわかに注目を集めるローファイ・ヒップホップ。ヨレたビートにちょっとしたアンニュイを漂わせたメロウなメロディーやコードをのせた、親しみやすいサウンドが特徴のジャンルだ。歌やラップの入っていないインストゥルメンタルが大勢を占め、生活を邪魔しない日常のBGMとしても人気を博し、2018年にはSpotifyで最も成長したジャンルとして脚光を浴びた。

おもしろいのは、特定の〈現場〉を持たず、インターネット上で生まれ、インターネット上で育まれたジャンルであるところだ。ヒップホップであれロックであれ、特定の地域と音楽的特徴は強く結びついているものだ。アメリカのヒップホップで言えば、西海岸、東海岸、南部……等々。ローファイ・ヒップホップにはそれがない。かわりに、YouTube上のライヴ・ストリーミング・チャンネルのように、ヴァーチャルな拠点が重要な役割を果たしている。

vlog(動画で綴るブログのようなもの)のBGMとしてもおなじみで、近年vloggerとして活動をはじめた小嶋陽菜も重用している

2019年11月6日にアップロードされた小嶋陽菜のvlog。冒頭からローファイ・ヒップホップが使われている

ここ日本でも、ローファイ・ヒップホップの名は音楽ファン以外にもリーチしつつある。スティール・ギター奏者でDJのbeipanaが2019年はじめに自身のブログにポストした「Lo-fi Hip Hop(ローファイ・ヒップホップ)はどうやって拡大したか」は驚異的なバズを記録した。その余波はなかなか大きく、TBSラジオの人気番組「アフター6ジャンクション」でも、beipanaを解説に招いた特集が企画されたほど(2019年3月21日放送。その模様はオフィシャルサイトで読むことができる)。ほかにも、ラジオなどで積極的にローファイ・ヒップホップを紹介してきた立役者に小袋成彬がいる。

音楽性のみならずその受容のあり方まで含め、〈いま、リスナーは音楽になにを求めているか?〉を考えるにあたっては無視できないジャンルとして、ミュージシャンのあいだでも関心が高い。ポストJ・ディラ的なリズム感覚と、チルな雰囲気。言ってみれば2000年代以降、2010年代のさまざまな音楽に浸透したこのディケイドのモードを抽出したような音楽であることを考えても、やはり動向から目を離せない。