言葉は音楽、音楽は言葉
〈パイプオルガンとパントマイムが紡ぐ物語〉
企画者松居直美が語る、意外なコラボレーションが引き出す可能性
〈荘厳な〉〈大迫力の〉〈神々しい〉といった言葉で語られることの多いパイプオルガンだが、その実際の響きを体感したことがあるという方は、クラシック音楽ファン以外だと案外少ないかもしれない。確かに大規模なパイプオルガンのある教会こそ日本には多くないが、実はこれほどコンサートホールにオルガンが備わっている国もなかなか無いのだ。だからこそ、この環境を最大限に活かして、多くの人びとにパイプオルガンの迫力を味わっていただきたい、ということで異なる芸術とのコラボレーションによって新たな世界を創出するべく、日本オルガン界を牽引してきた松居直美は、自身がホールアドバイザーを務めるミューザ川崎シンフォニーホールで様々な試みを行ってきた。例えば2018年12月の〈MUZAパイプオルガン クリスマス・コンサート〉では、クリスマスの朗読劇をベースに演劇とコラボレーション。衣装付きとはいえ、シンプルな演出で演じられたこの公演は、すり鉢状のミューザ川崎の空間を幻想的に彩った。企画者である松居の言葉を借りれば「演劇という生身の人間から発せられる言葉と、ホール空間全体に広がるパイプオルガンの音楽とで、互いに補い合い一つのものを表現」する試みである。無言でありながらも言葉を感じさせるというコンセプトは、今度2月に開催される演奏会にも繋がっていく。
「歌詞がある曲はもちろんですけれど、歌詞のない音楽にも起承転結のようなストーリーがあります。そのメッセージにクローズアップしたのが、今回のコンサートです。パントマイムも、喋る代わりに身体で何かを発信する――まさに〈モノがないところでそこにモノがあるように見せる力〉を持った芸術ですので、昨年とはまた違った楽しみ方ができると思います」
出演するのはフランス在住のアーティストたち。青木早希は藝大で学んだのち渡欧し、以後フランスを拠点に活躍中のオルガニストだ。オルガンとコラボレーションするマンガノマシップはサラとピエール、2人組のパントマイムである。出演者の持ち味を活かすべく、フランスの〈色彩が目で見えるかのような〉音楽が多く取り上げられているのも大きな特徴だ。前半(第1幕)では、例えばバルトークの《ルーマニア民俗舞曲》や、メシアンの《聖霊降臨祭のミサ》といった20世紀の作品の間に、16世紀などのバロック時代のフレンチ作品を挟み込んだユニークなプログラミングがなされている。チラシに書かれた〈バロック《歪んだ真珠》の弾き比べ〉〈仮面たちの時空飛行ダンス〉〈空を舞う風、鳥、そして精霊〉といったキーワードと共にパントマイムがどのように音楽や言葉を表現するのか、想像するだけで心が躍る。また後半(第2幕)には、第二次世界大戦中に亡くなったジャン・アランの《3つの舞曲》に加え、存命中の作曲家による作品が並ぶのも興味深いが、決して難しい内容にはならないと松居はいう。
「すごく素敵でおしゃれなコラボレーションになると思うんですね。演劇やコンテンポラリー・ダンス、トータル・アート好きの人の方にも満足いただけるだろう期待のできる顔ぶれと内容ですので、空間全体で“新しいアート体験”を共有していただけたら」
言葉を持たない〈パイプオルガン〉と〈パントマイム〉――2つの芸術が掛け合わさった時、私たち聴き手の想像力がどこまで刺激されていくのか。未知の体験に是非お立ち会いいただきたい。
マンガノマシップ(Mangano-Massip)
サラ・マンガノとピエール=イヴ・マシッブによるマイムカンパニー。サラはヌオーヴォ劇場(トリノ)の古典・現代ダンスアカデミーを1994年に卒業。ピエールはコメディアン・サーカス団員としてトレーニングを受けた。1994年、二人はマルセル・マルソー・スクールに登録。〈マイムの神〉マルセル・マルソー氏のカンパニー公演に出演、アシスタントも務める。2011年、マンガノマシップを設立。世界各国でツアーをするほか、プロ養成ワークショップも開催している。
青木早希(Saki Aoki)
内海恵子氏のもとでオルガンをはじめ、その後東京藝術大学にて鈴木雅明氏に学ぶ。同大学院在学中に渡仏し、E.ルブラン氏のもとで、サンモール国立音楽院演奏家コースを最優秀で卒業。ついでカン地方音楽院にてE.ル・ブラド氏に師事し、数々の国際オルガンコンクールに入賞。現在カン市聖ピエール教会でオルガニスト、カン国立地方音楽院教員。日本演奏家連盟、日本オルガニスト協会会員。
LIVE INFORMATION
○2020/2/22日 (土) 14:00開演
【会場】ミューザ川崎シンフォニーホール
【出演】パイプオルガン:青木早希 マイム:マンガノマシップ
【第1幕:時代(とき)を超えたディアローグ】
~バロック《歪んだ真珠》の弾き比べ~
ルイ・マルシャン: グラン・ディアローグ
J.S. バッハ:ピエス・ドルグ ト調 BWV 572
~仮面たちの時空飛行ダンス~
バルトーク/イゾワール:ルーマニア民俗舞曲から 抜粋
バード:私のネヴェル婦人の曲集から「第三パヴァーヌへのガイヤルド」
カベソン:「パヴァーナ・コン・ス・グローサ」ほか
~空を舞う風、鳥、そして精霊~
メシアン:聖霊降臨祭のミサから「鳥たちと泉」
ケルル:カッコウによるカプリッチョ
メシアン:聖霊降臨祭のミサから「聖霊の風」ほか
【第2幕:言葉に秘める音と動き】
アラン:3つの舞曲から「喜悦」「愁傷」「闘争
柿沼唯:蓮花
エスケシュ:オルガンのための詩曲から「誕生の水」「仮面」「希望へ