(左から)土屋貴史監督、笠松将、仙人掌
 

日本のヒップホップ界で歴史的名盤と言われるSEEDAのアルバム『花と雨』を原案とし、新進俳優、笠松将が主演を務める映画「花と雨」が、2020年1月17日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷他、全国公開となります。公開に先駆け開催されたintoxicate presents「花と雨」試写会、主演・笠松将、東京最高峰のMC・仙人掌(センニンショウ、本作ではラップ演技指導を担当)、土屋貴史監督が舞台挨拶に登場しました!

以下、当日会場にお越しいただいたライターの細田成嗣さんに、改めてこの作品についてご紹介いただきました。 *intoxicate編集部

 

これは言葉の映画だ。一番強く印象に残ったのはこのことだった。もちろんラップという言葉を用いた表現手法がテーマの物語なのだから、言葉が中心にくるのは当たり前だと思われるかもしれない。だが歌唱法としてのラップを前面に打ち出していたから言葉の映画だと感じたわけではない。そうではなくて映像の一つひとつが、もしくは物語の一つひとつが、言葉を別の仕方で表現している。こう思ったのだ。そして言葉を表現する手前にはつねにその声を聴き取る耳があった。じっと耳を傾けることが物語を駆動させ、言葉ならざる表現のうちに溢れ出る〈言葉〉が響いていた。

「花と雨」は映像作家としてジャンル横断的に活躍してきた土屋貴史監督による初の長編映画作品である。主演に若手俳優の笠松将を起用し、日本のヒップホップ界に大きな足跡を残したラッパーのSEEDAによる2006年の自伝的なアルバム『花と雨』をモチーフに、ラッパーを目指す主人公・吉田の苦悩と葛藤を描いていく。ヒップホップに出会い、艱難辛苦を乗り越えようと奮闘する主人公のある種のビルドゥングスロマンには、「偽りの自分から抜け出せ」というキャッチコピーが添えられている。SEEDA自身が音楽プロデュースを手掛け、さらに東京のアンダーグラウンドなヒップホップ・シーンを牽引してきたMC・仙人掌がラップ指導を担当するなど、ヒップホップを主題にした必見の音楽映画である。

intoxicate presents「花と雨」試写会での笠松将
 

だがキャッチコピーに反して主人公は物語の中で〈本当の自分〉を探しているというよりも、自分の周りの〈言葉〉を聴くきっかけを求めているように思えた。主人公は何度もヘッドホンを耳に押し当ててじっと音楽を聴く。高校時代に初めて仲間たちと交流するときも、公園で佇むときも、つねにリリックを発するよりも前にじっと聴く姿が描かれる。あるいは友人の、または姉の〈言葉〉をじっと聴く。周囲の〈言葉〉が聴こえなくなったとき、物語には不穏な空気が流れ始める。

録音スタジオの中でさえ、ヘッドホンを耳に当ててじっと聴く姿が描かれる。ようやく口を開いたかと思えば、しんと静まり返ったスタジオ内にはただ声だけが響いている。一方には重低音の効いたクラブのような音響効果が発揮されるシーンがあるだけに、この沈黙の空間は異様な魅力を湛えている。もちろん現実には録音スタジオは静まり返っているだろう。けれども映画という物語の中でそうしたシーンに接したとき、主人公が聴いているであろう様々な〈言葉〉を否応なく想像させられてしまうのだ。

近年の商業映画には説明過多な作品がすこぶる増えているように感じる。ふとしたキッカケで〈炎上〉してしまう昨今、そうしたリスクを避け、映像が意味するものを間違いなく受け手に届けるために、徹頭徹尾言葉で説明してしまう傾向があるような気がする。だが映画というのはそもそも、言葉による説明が到達し得ない部分を孕んでいるからこそ面白いのではないか。映像と音響を駆使して様々な〈言葉〉を巧みに描く「花と雨」は、言葉が氾濫する世界に、あらためて〈言葉〉そのものの魅力を投げかけている。

 


映画「花と雨」
監督:土屋貴史
原案:SEEDA・吉田理美
脚本:堀江貴大・土屋貴史
音楽プロデューサー:SEEDA・CALUMECS
出演:笠松将/大西礼芳/岡本智礼/中村織央/光根恭平/花沢将人/MAX/サンディー海/木村圭作/紗羅マリー/西原誠吾/飯田基祐/つみきみほ/松尾貴史/高岡蒼佑
配給:ファントム・フィルム(2019年 日本 114分PG12)
©2019「花と雨」製作委員会
https://phantom-film.com/hanatoame/
2020年1月17日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開