2020年、いまこそ強いエールを感じさせる古関裕而の音楽を!

 「エール」。2020年3月から放送の始まった、NHKの連続テレビ小説、通称〈朝ドラ〉である。〈エールを送る〉というときのエール。英語のyellだ。主人公の名を古山裕一という。激動の日本近代を生き抜く作曲家である。モデルは古関裕而。ドラマは古関の生涯をかなり忠実になぞり、古関の数多くの曲が、古山の作品として、劇中にふんだんに使われる。古山は古関そのもの。そう思ってよいだろう。

 〈朝ドラ〉と言えば、主人公はたいてい女性と相場は決まっている。ところが、今回は男性でしかも作曲家が主役。どういう風の吹き回しか。答えは簡単だ。2020年の7月からオリンピックが、ひきつづき8月からパラリンピックが、東京で開催されるはずだった。半年間放送予定の「エール」がちょうどフィナーレへと向かってゆく頃である。照準はそこに合っていただろう。何しろ古関は、1964年の東京オリンピックを象徴する音楽、開会式における選手団入場の行進曲“オリンピック・マーチ”の作曲者だ。

 しかもこの東京五輪は、2011年の東日本大震災からの東北の復興と結びつけられてきた。古関はというと生粋の福島人である。1909年に福島で生まれ、福島商業学校を卒業し、ほとんど独学で作曲の道を歩んだ。古関とは、東京オリンピックと福島の両方をひとりで背負える、唯一無二の文化的象徴なのだ。2020年の〈朝ドラ〉にまさに打って付けだった。

 ところが肝腎の催事は2021年に延期された。「エール」とそれに伴う古関再評価のムーヴメントは、時期を外してしまったのか。いや、そんなことはない。古関の音楽は、苦難の時代になればなるほど、輝くのだから。〈なぐさめ はげまし 長崎の〉。古関の名曲“長崎の鐘”の歌詞の一節だ。長崎の荒れ野に、慰めと励ましの鐘よ、鳴り響け。優しく力強く抱擁力に溢れる、歌謡曲というよりも、ほとんどクラシックの歌曲である。原爆で廃墟になった長崎に捧げられた。「エール」の放送に合わせ、福島の地方紙、福島民報の行ったアンケートに基づき編まれたベスト盤『あなたが選んだ古関メロディー ベスト30』にも、“オリンピック・マーチ”などと一緒に、当然入っている。

VARIOUS ARTISTS あなたが選んだ古関メロディー ベスト30 Columbia(2020)

 この『ベスト30』の曲目を眺めよう。昭和10年代の戦争の時代と20年代の復興の時代の作品が何と多いことか。しかも歌謡曲の本流である、色恋の歌とは毛色を異にしたものが目立つ。“若鷲の歌”や“露営の歌”や“暁の祈る”は死地に追い込まれる兵士への痛切な応援歌であり、“とんがり帽子”は戦災孤児への明るい励ましに満ちる。“君の名は”は敗戦前後の混乱の時代に別れ別れになった人々の悲しみを結晶させ、“イヨマンテの夜”や“モスラの歌”は祭礼的・陶酔的な情念を炸裂させる。“高原列車は行く”や“あこがれの郵便馬車”は戦後復興への希望の賛歌であろう。

 そして、高校野球や早稲田大学や読売ジャイアンツや阪神タイガースの歌。これらは危機の時代と関係なく、不特定多数がスタンドで肩を組んで心を一つにして歌うものだ。スポーツの観戦とは勝ち負けが分からないという意味でスリリングなもので、ファンは思わず知らない者同士でも心を合わせてしまう。そういうスポーツ観戦のとき、戦時や非常時や混乱期や復興期と同じく、古関音楽がとても活きる。これは偶然ではない。古関の音楽は集団的興奮をもたらすや連帯心を高めるとかや慰めや励ましや応援のときに力を発揮する。パーソナルに片隅で歌うようなものではない。古関とはポピュラーかクラシックかセミ・クラシックか、どの畑の人なのか。そんなジャンル論を飛び越えた、古関らしさの本質である。

 2020年は、オリンピックの年から変じて世界的疫病流行の年になった。そういうときこそ、決して厭世的にならず、明朗闊達に、しかしときに悲愴美も忘れずに、人を前向きな気持ちにさせてくれる古関の音楽の出番なのだ。因果が如何に巡っても2020年は結局、古関の年だったのである。危機の時代の日本人の生きる糧。辛ければ辛いほど強いエールを感じさせる本物の音楽。それが古関というものだ。