インディア・ジョーダン(India Jordan)『For You』英国の注目すべきDJ/プロデューサーによる祝祭的なレイヴ・ミュージック

2020.05.25

2020年のベスト・ダンス・トラックと呼びたい曲がある。インディア・ジョーダンの“For You”だ。この曲と連載〈Pop Style Now〉で紹介した“I’m Wainting (Just 4 U)”は、もう何度聴いたかわからない。

インディア・ジョーダンは、イングランド中北部のサウス・ヨークシャー州にある町、ドンカスター生まれのDJ/プロデューサーで、ロンドンを拠点に活動している。そんなジョーダンが、ニューEP『For You』をリリースした。本作は、2019年にローカル・アクション(Local Action)からリリースしたデビューEP『DNT STP MY LV』に続く2作目となる。

ジョーダンが言うには、子どもの頃にハッピー・ハードコアやハード・ダンス、ベース・ミュージックを聴いて育ち、母の友人からレイヴや地元のハードコア/トランスの聖地だったクラブ〈The Doncaster Warehouse〉の思い出話を聞かされていたのだとか。16歳以下向けのクラブやイベントに足繁く通い、レイヴには行ったことがないという。

それでもレイヴは、この『For You』に通底するテーマだろう。なにせEPから切られた3曲目のシングルのタイトルは、〈Rave City〉である。90年代に商業化/巨大化し、クリミナル・ジャスティス法による取り締まりの強化でやがて沈静化したレイヴの狂騒。その残り香が、『For You』からは漂ってくる。そしておそらくそれは、架空のノスタルジアだ。ジョーダンが体験しえなかった時代の記憶を遠くに見つめるようなツイストした感覚が、このEPにはある(それは、たとえばロス・フロム・フレンズにも同じことが言える)。

ドラムン・ベース/UKベースを素地とし、フレンチ・ハウス/フィルター・ハウスのグルーヴと大胆な声ネタづかいを受け継いでいるジョーダンの曲調からは、どこか懐かしさを感じる。90年代と2000年代の良質なダンス・ミュージックを受け継ぐ一方、フレッシュさとオリジナリティーがどこにあるのかといえば、高揚感とどこまでも上昇していく感覚をトラックに封じ込めているところだろう。このアゲ感は、ジョーダンがハードコア/トランス育ちであることに由来するのではないか。

とはいえ、3曲目の“Emotional Melodical”以降の後半は、内省的だと感じる。そこは、アゲるだけではなく、チルアウトすることも重視するジョーダンらしい(ジョーダンはデッドボーイと〈Ambient Social〉というイベントを主催し、ニュー・エイジ/アンビエントのレーベル〈New Atlantis〉を運営している)。またその内省には、〈自分自身のアイデンティティーを知ること〉というテーマが本作に設けられているから、という理由もあるだろう。

COVID-19の流行という歴史的な災禍を人々が乗り越えられたなら、ジョーダンの祝祭的な曲は多くのパーティーでかけられるはずだ。特にチェンジの“You Are My Melody”(84年)を見事にサンプリングした“For You”は、サマー・アンセムにふさわしい。それまでは、この〈あなたのため〉の素晴らしいダンス・レコードを聴いていようじゃないか。

なおカヴァー・アートは、ロンドンの伝説的なクィア・ヴェニュー〈Dalston Superstore〉のトイレで撮られた写真だという。ジョーダンはノンバイナリー(男性でも女性でもない、という性自認)であることをカムアウトしているので、自身のクィア性を打ち出したかったのだろう。

ちなみに、アメリカの英語辞典「メリアム・ウェブスター」が選んだ〈2019年の単語〉は、単数形の〈they〉だった。これは、まさにジョーダンのようなノンバイナリー/クィアの人物を〈he〉と〈she〉では指すことができないために広がった新しい用法。ジョーダンのようにクィアネスを打ち出すミュージシャンたちの活躍によって、〈彼〉〈彼女〉に代わる新しい三人称単数形の代名詞が日本語にも生まれるといいな、と僕は思っている(昔は〈彼〉を男女の別なく使っていたらしいから、〈彼〉の解釈が広がればいいのかもしれないけれど)。

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