キリンビール「氷結」CMより

老若男女の笑いの琴線を爪弾き、揺らし、引っ掻いて風のように消えた人。

 Albums, Remember Those? Albums Still matter. Like books and black lives, albums still matter. 5年前の第57回グラミー賞、〈最優秀アルバム賞〉のスピーチで〈殿下〉プリンスが遺した言葉だ。一方、アルバムの魅力を「LPには曲の〈構成〉がある」「A面とB面があったのもよかった」「そういう上手な構成に出会うのもレコードを聴く大きな楽しみだった」と書き残したのは志村けん。「バカ殿様」の白塗りを落とした素顔の彼はアナログ盤を愛し、音楽誌にレコード評を寄せるほどのソウル・マニアだった。が、「まあ、そのへんはコント番組の構成も同じ」「どうやってひとつの番組の流れをつくるかに、僕はいつもすごくこだわっている」とお笑い観で文を締めるのが、彼の真骨頂だ。

 「レコード漁り? ここ1、2年は疎かですね。あまりに新譜の数が多すぎて……流れが速くて、凝ってまで聴くのが無くなっちゃたんですよ。ここんトコ、夜はもっぱら吉幾三さんの演歌を聴いてます。ベスト盤が出たし、今の季節に合うんでね。田代(まさし)クンと遭ってすぐの頃はよく、アレが好き・コレが好きなんて言い合ったもんだけど…今は教わるほうだね。田代クンはまだ若いから、新しいのを聴いてて、〈この曲、あの場面で流すといいよ〉なんて教えてくれる」。

 フジテレビが台場移転する凡そ4年目(28年前の1993年初頭)、写真週刊誌が組んだ〈志村けんの世界〉という2色8頁企画の為に取材した折のコメントだ。当時42才の彼は芸人生活25周年、2本の冠番組「だいじょうぶだぁ」「バカ殿様」も絶好調で……音楽を聴くのは「せいぜい寝る前にちょっとぐらい」の繁忙期を迎えていた。確か河田町本社の喫茶室にて、30分程度のQ&Aが許されての邂逅だったと記憶している。

 当時はビデオ・ソフトも続々発売されだし、人一倍勉強家の彼は「観れば深夜の3時、4時」。最近の興奮作品は映画「ゆりかごを揺らす手」だと語ってから、「それとここんトコ、ずぅーっと凝って観ているのが倉本聰さんの『北の国から』。ビデオで8巻、それからスペシャル版が2本、ぜ~んぶ観ましたよ。ハマっちゃいましたよ、どっぷりと。ビデオで買い揃えたんだけど、レーザーディスク版も出たので、あれはロケが多いから綺麗だろうと、そちらも全部揃えた(笑)」。

 倉本作品は以前から好きなのか、そう訊いてみると、「っていうよりも『北の国から』が好きでね。前にも観てるんだけど、もう一回観直すとまた、カメラワークや話の持って行き方とか、登場人物の絡み方がね、巧いなぁと思って。ホント、よく計算されてるよね」。

 彼のドリフ入り以降、「生活っぽいコントが増えた」と言われるのも納得できる鑑賞眼/興味の持ち様と言えるだろう。当時、件の倉本氏が「だいじょうぶだぁ」のコントを書きたがっているとの噂は掴んでいたので、志村本人にぶつけてみた。

 「なんか、そういう話を僕も実際2回ぐらい聞きましたね、フジテレビの人を通じてね。勿体ない話ですけど…もし書いてもらえるんならば、全部のコントではなくてね。その部分は〈倉本聰・作〉と、わざわざ断り書きを入れてもらってね(笑)」。

 話の流れで小津作品は好きか、それも訊いてみた。

 「安二郎も、好きですけどねぇ(笑)。笑いでもやはり、日常的な事が好きですから。日常の事が段々と、最後にはトンデモナイ事になってみたいな…僕はそういうほうが面白いなと思うし。〈そんな奴、いるいる〉とか〈そういう事ってあるよなぁ〉〈なっちゃう、なっちゃう〉とかね。もちろん現実は僕が演るような、あそこまでにはならないわけだけれども(笑)」。

 短時間取材ゆえ〈ソウル・ネタで入れ食い状態〉を狙ったが、当日の流れはビデオ談義のほうへ。もはや御自身の口から耳の個人史を伺う機会も失せたが……本稿執筆を機に改めて資料整理をしてみたら、それなりに〈耳の構成要素〉が透視できた。反骨精神溢れるビートルズが大好きでギターを弾き始め、弟子入り先をコント55号かドリフターズかの二者択一で悩みつつも、「音楽の要素が入ったもの」「そのほうが笑いにも幅が出るだろう」と後者を選んだのは有名な話だ。その付き人時代からソウルに惚れ、ドリフ入り後は新宿のディスコ通いで本家本元の生演奏に触れ、「ずっとワンコードで同じリズムを刻むのが、とても気持ちよくて、ハマった」(新潮文庫「変なおじさん【完全版】」より)。

 冠番組を持った当初は、コントのBGMで流す曲も全部自選した。大ヒットした“ヒゲのテーマ”がテディ・ペンダーグラス“Do Me”の一部ベースラインを換骨奪胎したものならば、オーティス・レディングの“(Sittin’ On) The Dock Of The Bay”を絡ませるコントもあった。毎回好きな曲を紹介するFM番組のコーナー名は〈ソウル・パワフル・ワンダフル〉、初回は同じオーティスの「落ち込んだ時なんかによく聴く曲」である“Security”を選んだ。一方、コントで重宝したのがランディ・クロフォードの“Almaz”、のちに“スウィート・ラヴ”の邦題でドラマ主題歌として話題を呼んだ辺りもソウル志村の先見の明を物語るエピソードだろう。

 かの“東村山音頭”の場合、4丁目は本家・三橋美智也の原曲どおりにメジャーで歌い、以外は詞も勝手に変えて3丁目はマイナー調、1丁目はややソウルっぽくアレンジした。また、“変なおじさん”の場合は、沖縄産の“ハイサイおじさん”と「語呂が似ているというだけの理由で、曲を使わせてもらってる」と、前掲文庫で綴っている。「動き自体は単純な」ひげダンスに関して、「あれも目の前にお客さんがいたからあれだけ受けたんだと思う」「お客さんに支えられて続いたネタだ」とコール・アンド・レスポンス的な効用を自身の総括としている。

 そして今、ネット上で話題沸騰中なのが、スカパラ × 上妻宏光 × 志村けん(+バカ殿)のコラボCM映像だ。〈キリン氷結〉のウェブムービー(2016年公開)なのだが、三味線の腕前を披露する故人の雄姿が追想派の間で脚光を浴び、〈再放送を望む!〉声が急増しているのだ。

 以上が志村耳の小史なのだが、小学4年生時、初めて人前でコントを披露した際の酔っ払いネタも、柳家金語楼の落語レコードが起点だったとか。では、自他共に「バカがつくほどのお笑い好き」を認める志村けんの、後輩評価とはいかなるものなのだろうか? 自身が芸人生活25周年の当時、彼はこう答えていた。

 「最近ではダウンタウンかなぁ。『ガキの使いやあらへんで!!』はビデオに録ってでも観てますよ。松本クンの発想と、浜田クンのあの真剣なツッコミね。あのツッコミが相当いいですよね。それから、あの風貌がね。初めのうちは松本クンの発想がずぅーっと面白いと思っていったんだけど、なんで面白いかっていうと結局、浜田クンのツッコミですよね。あれだけムキになって、あれだけ真剣にツッコんでくれたら、ボケやすいと思うんだよね。それに最近は、ああいう思いっきりツッコむタイプがいないから、いいよな」。

 4月3日放送の「ダウンタウンなう」は〈笑って偲ぶハシゴ酒特別編:ありがとう 志村さん〉と題し、4年前の麻布十番での酒宴模様を流していた。この場でも話題は自然と浜田のツッコミぶりに集中し、大先輩が「俺の頭を(パシッと)殴るのは今、浜ちゃんだけだもんな」と嬉しそうに爆笑を誘っていた。数多OAされた各追悼番組の名シーン中でも、このくだりはまるで28年前の実写補足編のようで私的には感慨深かった。

 その志村がかつて「なんでいつも、あんなに若い連中とカラめるんですか?」と、率直に質問した先輩がいる。初期「バカ殿様」で家老役を演じた故・東八郎、その人である。その「大きな影響を受けた」先輩の「忘れられない言葉」を志村けんは以降、座右の銘とした。東の答えはこうだった。

 「俺はいつもこうやってバカやってるから、若い人の中にでも平気で入れるんだ。ケンちゃんな、お笑いはバカになりきる事だよ。いくらバカをやっても観る人は分かってるって。自分は文化人、常識派だと見せようとした段階でコメディアンとしての人生は終わりだよ」。

 ずっと「その言葉を大事にしている」と自著で綴った志村けん、享年70、生涯一コメディアンを貫いた。

 


志村けん(Ken Shimura)
1950年生まれ。タレント、コメディアン。東京都立久留米高等学校を卒業間際にいかりや長介の家へ直接押しかけ弟子入りを志願。1972年、お笑いコンビ〈マックボンボン〉を結成し〈志村健〉として芸能界デビュー。1974年、24歳で正式にザ・ドリフターズのメンバーとなりギターを担当。その後〈ヒゲダンス〉〈♪カラスの勝手でしょ~〉〈変なおじさん〉などで人気を博す。代表作は「8時だョ! 全員集合」(TBSテレビ)、「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」(TBSテレビ)、「ドリフ大爆笑」(フジテレビ)、「志村けんのバカ殿様」 (フジテレビ)、「志村けんのだいじょうぶだぁ」(フジテレビ)ほか。2020年3月に新型コロナウイルスに感染し、合併症の肺炎のため29日に逝去。享年70歳。現在放送中のNHK連続テレビ小説「エール」にて、山田耕筰をモデルとする役で4月27日放送分から登場予定。

 


寄稿者プロフィール
末次安里(Anri Suetsugu)

1954年4月、東京・荻窪生まれの著述家/編集者。近年はUstreamやFRESH LIVE(=いずれも無料配信事業から撤退)でネット番組を企画・制作し、近々に撮影・編集・構成・MCまでをソロで担う無謀な新番組(かつて編集兼発行人だった音楽誌「out there!」のネット版)を、懲りずにYouTube上で鋭意画策準備中。

 


INFORMATION

志村けん〈お別れの会〉
令和2年3月29日に逝去いたしました志村けんにつきまして、ファンならびに関係者の皆様に対し〈お別れの会〉を設ける予定になっております。開催時期や、詳細な内容については、新型コロナウイルスに関連する一連の状況を見極めながら、慎重に判断をする必要がございます。決定次第、弊社よりご報告をさせていただきます。それまでのしばらくの間、皆様にはご自愛いただき、元気に〈お別れの会〉にご参列いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。
イザワオフィス
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