国に尽くしても見返りのない人々の嘆き

『Civic Jams』もこうした流れに位置付けることができるだろう。 4枚目のスタジオ・アルバムとなる本作は、〈政治的にも文化的にも混乱した窮屈な現在〉を背景にしているという。そのなかにはエイデンとジェイムズが住むイギリスの問題も含まれており、特にEU離脱や地域の再開発などは色濃く反映されている。

それがもっとも顕著なのは“Text”だ。〈君が僕にもたらす現金〉という歌いだしが印象的なこの曲には、いくら働いても報われず、貧富の格差が広がるばかりの現状に苦しむ人たちの情感を見いだしてしまう。この情感は、レジに硬貨が入る哀しげな音のサンプリングが繰りかえし鳴り響くことで、さらに膨らんでいく。〈僕は君に大人しく従って暮らしている 僕の愛を君はどう感じているのか?〉といったフレーズも、国家(君)に尽くしても得られるものがない国民(僕)の嘆きではないか。多くの問題が山積するイギリスのいまを知っている人ほど、そう感じるはずだ。

『Civic Jams』収録曲“Text”
 

“Text”が漂わせる哀しみは、本作の至るところで見られる。前向きな言葉は少なく、問題があるなかでも進むしかないという諦念がちらつく。それはサウンドも同様だ。聴きごたえのある立体的音像には、一縷の光を容易く退けるダークな雰囲気が際立つ。ひとつひとつの音がひんやりとした質感を持ち、口の中に入れたらすべての水分を奪われるのではないかと思うほどドライだ。この音像は、強いていえばFKAツイッグス『MAGDALENE』(2019年)を想起させる。しかし、神々しさや解放感が目立つ『MAGDALENE』とは対照的に、本作は自閉的かつ晴れ晴れとしないエモーションが渦巻いている。

 

不安や絶望とともに踊る

『Foam Island』で見られた肉感的ベースラインが後退し、何も考えずに踊らせるというダンス・ミュージックの享楽性が薄れたのも本作の特徴だ。“Jam”“1001”“Tuesday”などダンス・ビートが前面に出た曲もあるが、そこに乗る言葉はやはり寂れた情念を醸している。これらの曲を聴くと、ビートに合わせ踊りながらも、先が見えないことに不安を感じる人々の姿が目に浮かぶ。そうして突きつけられるのは、何も考えずに踊ってはいられないほど厳しい現実に生きているということだ。

『Civic Jams』収録曲“Jam”
 

しかも哀しいことに、それがいつ終わるのかもまったく見えてこない。このような暗闇を歩いている人たちにとって、『Civic Jams』が放つ閉塞感や不安は親近感を抱かせるだろう。