
ダークスターが新作『Civic Jams』をリリースした。ロンドンのアンダーグラウンドなダブステップ・シーンを拠点にする2人組は、2007年にシングル『Dead 2 Me/Break』でデビュー。以降、多くのダンスフロア向けシングルはもちろんのこと、『North』(2010年)、『News From Nowhere』(2013年)、『Foam Island』(2015年)といった良質な3枚のスタジオ・アルバムも残してきた。
ベース・ミュージックを基調に、テクノやエクスペリメンタル、さらにはサイケデリック・ポップやポスト・ロックの要素を採り入れ、サウンドを発展させてきたダークスター。その一方で、メランコリックかつ冷ややかなムードは、彼らのディスコグラフィーに通底しており、このユニット特有の魅力と言えるだろう。
新作『Civic Jams』は、〈税金滞納の最後の通告を受けながらレイヴに行く〉ことをテーマに作成されたという。本来はセーフティー・ネットであるべきはずの社会から見捨てられた人々のための音楽……と言えば、このコロナ禍において他人事には思えないリスナーも多いのではないだろうか。ライターの近藤真弥が『Civic Jams』のアクチュアリティーを考察した。 *Mikiki編集部

DARKSTAR 『Civic Jams』 Warp/BEAT(2020)
社会への怒りを反映したエレクトロニック・ミュージック
新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行は、ここ日本においても市井の人々の暮らしに大きな影を落としている。満足な補償が得られないまま自粛を強いられ、生活困窮に陥った人は少なくない。筆者がフィールドとするポップ・カルチャーにおいても、クラブ、ライブハウス、映画館といった場は閉められ、そのことに対して国は適切な対処をできていないのが現状だ。そうした状況をふまえると、エイデン・ウォーリーとジェイムズ・ヤングからなるイギリスのエレクトロニック・ミュージック・デュオ、ダークスターの新作『Civic Jams』は、日本の人々にとってもいまのムードを反映したサウンドトラックたりえるのではないか。以下、その背景を考察していく。
思えば、2010年代は社会的背景と自らの想いを重ねたエレクトロニック・ミュージックに良作が多かった。たとえばクウェート出身のファティマ・アル・カディリ(Fatima Al Qadiri)は、『Brute』(2016年)でストレートなメッセージ性を表した。米ファーガソンで黒人の青年マイケル・ブラウンが白人警官に射殺されたことに抗議するデモの音声、〈ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)〉について報じるMSNBCのニュースなど、さまざまなサンプリング・ソースを用いて、権力者の横暴に対する抗議を表現している。ジョージ・フロイドの暴行死が世界的な注目を集める現在だからこそ、聴かれてほしい作品のひとつだ。
ロンドン出身のパーク(Perc)による『The Power And The Glory』(2014年)も忘れられない。91年に亡くなるまで共産主義を貫いた作家、グレアム・グリーンが1940年に上梓した小説※と同名であるこのアルバムは、リリース当時イギリスの首相だったデイヴィッド・キャメロンへの怒りを滲ませている。キャメロンといえば、財政健全化という名目で福祉など多くの公的予算を削り、ただでさえ生活が厳しい人々の首をより強く締めた男だ。そんな男への当てつけをヘヴィーなインダストリアル・テクノ・サウンドという形で鳴らしている。
国に尽くしても見返りのない人々の嘆き
『Civic Jams』もこうした流れに位置付けることができるだろう。 4枚目のスタジオ・アルバムとなる本作は、〈政治的にも文化的にも混乱した窮屈な現在〉を背景にしているという。そのなかにはエイデンとジェイムズが住むイギリスの問題も含まれており、特にEU離脱や地域の再開発などは色濃く反映されている。
それがもっとも顕著なのは“Text”だ。〈君が僕にもたらす現金〉という歌いだしが印象的なこの曲には、いくら働いても報われず、貧富の格差が広がるばかりの現状に苦しむ人たちの情感を見いだしてしまう。この情感は、レジに硬貨が入る哀しげな音のサンプリングが繰りかえし鳴り響くことで、さらに膨らんでいく。〈僕は君に大人しく従って暮らしている 僕の愛を君はどう感じているのか?〉といったフレーズも、国家(君)に尽くしても得られるものがない国民(僕)の嘆きではないか。多くの問題が山積するイギリスのいまを知っている人ほど、そう感じるはずだ。
“Text”が漂わせる哀しみは、本作の至るところで見られる。前向きな言葉は少なく、問題があるなかでも進むしかないという諦念がちらつく。それはサウンドも同様だ。聴きごたえのある立体的音像には、一縷の光を容易く退けるダークな雰囲気が際立つ。ひとつひとつの音がひんやりとした質感を持ち、口の中に入れたらすべての水分を奪われるのではないかと思うほどドライだ。この音像は、強いていえばFKAツイッグス『MAGDALENE』(2019年)を想起させる。しかし、神々しさや解放感が目立つ『MAGDALENE』とは対照的に、本作は自閉的かつ晴れ晴れとしないエモーションが渦巻いている。
不安や絶望とともに踊る
『Foam Island』で見られた肉感的ベースラインが後退し、何も考えずに踊らせるというダンス・ミュージックの享楽性が薄れたのも本作の特徴だ。“Jam”“1001”“Tuesday”などダンス・ビートが前面に出た曲もあるが、そこに乗る言葉はやはり寂れた情念を醸している。これらの曲を聴くと、ビートに合わせ踊りながらも、先が見えないことに不安を感じる人々の姿が目に浮かぶ。そうして突きつけられるのは、何も考えずに踊ってはいられないほど厳しい現実に生きているということだ。
しかも哀しいことに、それがいつ終わるのかもまったく見えてこない。このような暗闇を歩いている人たちにとって、『Civic Jams』が放つ閉塞感や不安は親近感を抱かせるだろう。
