「メトロイド」や「MOTHER」シリーズといった数々の人気ゲームの音楽を手掛け、またエンジニアとしてはファミリーコンピュータやゲームボーイのサウンド開発に携わるなど、ゲーム音楽のキーパーソンとして知られる田中宏和。彼がChip Tanaka名義ではおよそ3年ぶりとなるセカンド・アルバム『Domingo』をリリースした。

2017年の前作『Django』は、自身の音楽的なルーツであるレゲエやダブの要素や、現代的なダンス・ミュージックのエッセンスを取り入れたチップ・サウンドを展開し、高い評価を得た。続く『Domingo』は、〈消え去る場所や人へのノスタルジア〉をテーマに、よりメロディアスで、(インストにも関わらず)雄弁な楽曲が並ぶ作品となっている。

リモートで行われた本インタビューでは、『Domingo』のサウンドや制作過程を軸に、同作にこめられたノスタルジアの姿について、また次回作のプランについても(ちょっとだけ)聞くことができた。楽曲に紐付いたエピソードの豊かさは驚くほどで、アルバムの聴こえ方も変わってしまうほど。根っからの音楽愛が滲む彼の言葉が、本インタビューでわずかでも伝われば幸いだ。

Chip Tanaka 『Domingo』 sporadic vacuum(2020)

 

かつて任天堂のあった街、そこにいた人々へのレクイエム

――まず、タイトルについてお聞きしたいです。前作『Django』に続いて、『Domingo』も男性の名前によく使われる単語ですが、このタイトルを選んだ理由はなんでしょうか?

「深い意味はないんです。ラテン語圏、中南米的なイメージをもってきたいというのがきっかけ。あと口に出したときの語感とか。『Django』の場合は、きっかけとしては、ジャンゴ・ジャンゴ(Django Django)っていうバンドが好きで。あと、ギタリストのジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt)もいるし。で、名前以外の意味を調べると、〈目覚める〉という意味がでてきた。当時、還暦でファースト・アルバムを出すことが決まってて、そこに〈目覚める〉というニュアンスが隠れていたらおもしろいなと。

2017年作『Django』収録曲“Beaver”
 

『Domingo』はスペイン語で休日、安息日という意味がある。2枚目を出したいなと考えたときに〈じゃあ3枚目をどうするの?〉って考えたんですね。1枚目は初めてだから、きらびやかというか、挑戦的な印象が出ればいいなと思っていた。でも2枚目は、作品にこめる気持ちとしては〈1枚目よりもっと頑張る〉というより〈休む〉というか〈鎮めて〉もいいかなと思っていたんですよ。そこに『Domingo』という言葉が持っている〈休日〉というニュアンスが合った」

――本作では〈消え去る場所や人へのノスタルジア〉というテーマを掲げていらっしゃいます。実際、サウンドやメロディーにノスタルジックな感覚のつまった作品ですが、ノスタルジアをテーマに選んだ理由を伺いたいなと思います。

「僕は4歳から音楽が大好きで聴き続けているけれど、聴いてると勇気や元気をもらったり、癒やされたりみたいなところがあると思うんですよ。あと郷愁を感じるとか、自分はそういう特徴を持つ音とか音質に対して強く惹かれ共感することが多かった。ゲーム音楽であったり、ポケモンの音楽であったり、いろんな音楽を作ってきたけれど、自分が得意な部分として共通しているのはそういう郷愁みたいなところじゃないかなと。

そこで、自分の子供の頃や、自分がゲームに関わりはじめた頃に親しんだ場所や印象のなかにテーマを見つけて曲を作っていくのはどうかなと。子供時代と自分が任天堂で仕事をはじめた頃って、不安を抱えながら新しい環境で何かを始める、という意味では相似形だと思ったんです」

――タイトルに登場する、海や夜、生き物といったモチーフは田中さん自身の記憶と密接に結びついているんでしょうか?

「もともと自分は田舎育ちで、海とか森の近くで育ったんです。なので、今作の1曲目の“Calm Sea”は、自分が育った海の町の、砂浜のイメージ。そこから海に潜っていく。海の中には“Hammerhead Shark Song”に出てくるシュモクザメみたいに変なかたちの生き物もいて、深いところに行くと、チューブワームみたいな生き物がいてる(“Tubeworm Dub”)。そういう連想ゲームで全部曲をつなげていったんです。海から顔をだして見上げると星空と月が見えた、とかね。

あと、“A Song For Stars”は、任天堂の頃の思い出を元にしてます。任天堂は昔、(京都の)鳥羽街道っていう場所にあったんです。その時代にお世話になった、喫茶店とかうどんや丼ぶりを出す飲食のお店が(会社の近くに)3、4軒あって。任天堂がその場所から引っ越したとたんに、そういうお店のご主人やおかあさんたちが不思議なことに続けて亡くなられて。その人たちへのレクイエムとして曲を作ったんです」

『Domingo』収録曲“A Song For Stars”
 

――すごくエピソードが具体的で驚きました。ちなみに、ご出身は京都府ですよね。

「天橋立の近くです。友達と海の砂浜でずっと夜も海見ながら砂を手でかきわけながらダラダラ過ごす時間とか、いま思うとすごく豊かだったなと思います。海に入ると、都会の人だと信じられへんと思うけど、普通にタツノオトシゴが泳いでたり、それを素手で捕まえたり。そういう頃だからこそ感じえた〈どこまでも暗い夜〉とか。それが(アルバムに出てくる)コウモリであったりモモンガであったり、そういうモチーフにつながっている」