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音が音楽になり、記憶に残る映画の感動シーンが生まれる

 ウォルター・マーチは語る。

 少年時代にテープレコーダに熱中し、切ったり貼ったり、逆回しにしたりというのを試していた、そんなときに偶然、学校から帰ったらラジオから、じぶんのつくっていたものとよく似た音がひびいてきて驚いた、それがフランスのミュジック・コンクレート、ピエール・シェフェールとピエール・アンリのしごとだったのだ、と語る。その後、マーチはフランスに留学、ヌーヴェル・ヴァーグの全盛期に出会い、合衆国に戻ってあらためて映画USCで学び、ジョージ・ルーカスに出会うことになる。そんなときに想いだすのはこんなエピソードだ──マーチがミュジック・コンクレートに出会ったころ、若き武満徹は地下鉄の駅で、こうした音が音楽にならないだろうかと夢想し、その後ミュジック・コンクレートを知る、そして、海のむこうでおなじことを考えている人たちがいる、と感慨を抱いた、というような。いまは映像も音響もおなじようにデジタルに扱える。映画が新しい音響を獲得していく時代には、フィルムという素材に映像も音響が焼きつけられていたことが、ひとつの素材から異なったジャンルに発展することもあった。そんなことに気づけるエピソードではないか。

 下から映した宇宙船が、かなりながいこと──いつまでも、というかんじだった──あたまからおしりまでかかって、やっと全体があらわれるさまに呆然とした記憶をはっきり持っているわたしにとって、「スター・ウォーズ」の第1作をめぐるエピソードも忘れがたい。

 ジョージ・ルーカスはベン・バートにウーキー、つまりチューバッカの声を依頼する。声からイメージをつくっていこうとした、というのだ。撮影の1年前には音響のしごとは始まっていた! バートはさまざまな動物の声を録り、感情豊かな一頭のクマの声を中心につくりあげる。そして、ルーカスがイギリスで撮影しているあいだ、さらにバートはロスアンジェルスでさまざまな音を集める。監督が戻ってきてからは、映像に音をはめてゆく作業がつづく。ルーカスは言う。シンセサイザーはつかわない。ちょっと前までの電子音のSFのようには、「禁断の惑星」や「宇宙戦争」のようには、したくない。「スター・ウォーズ」は、こうして、変えられたり重ねられたりして複雑になった現実音が満ちる。

 ここでまたおもいだすのは最近でた「私はC-3PO」(世界文化社)。シリーズ全作でC-3PO役を演じたアンソニー・ダニエルズの自伝だが、そこにでてくるR2-D2の会話する電子音のエピソード──〈ことばとはイントネーションだ〉──が映画にもあらわれる。C-3POがちゃんと受け答えするR2-D2の電子音はわたしたちには理解不能だ。でもそれが電子音でもことばらしい、ときいている。そんな発想にも大注目。

 あるいは。

 「地獄の黙示録」の冒頭のシーン、おぼえておられるだろうか。映っているのは亜熱帯のうっそうとした木々。かすれたような音が左から右へと。木々はわずかに揺れ、ヘリコプターが通過してゆく。たつのは砂煙。シンバルが、ベースが、ギターが、ハイハットが。タンバリンが。また、とヘリコプターの通過をみとめたすぐあと、火が全面にたつ。燃えあがる木々。そしてきこえてくる、ドアーズの“The End”──”This is end/Beautiful friend/This is end/My only friend, the end.” もうすこしすると、左、男の顔が逆向きに、右に天井で回転するシーリングファンがうつしだされる。さまざまな音が、この男のアタマのなかでおこっている。

 この1本の映画のなか、いくつかの音を担当別にふりわけている。オーケストラの各楽器の首席奏者のような役割で、映画全篇の音響がこのように統一される。そうか、映画の音響そのものがひとつのオーケストラ・スコアだと考えてみればいいのか!

 もはや古典となった映画ばかりではない。新しいところでは「アルゴ」(2012)、「グローリー/明日への行進」(2014)、「ブラックパンサー」(2018)、「ROMA/ローマ」(2018)への言及がある。

 音響の担当も分けられていて、ちょうどCDかDVDのディスクの部分のようにみえる半円形で、区切りながら、提示してくれる。音声、効果音、フォーリー、環境音、音楽、というふうに。なかには、こうしたしごとを手掛ける人たちじしん、しごとの質についても語られる。いまでは女性が音響ディレクターをつとめているということについても。

 もちろん、ここにあるのはハリウッドで制作される大きな規模の映画が中心だ。小規模の映画やヨーロッパやアジアの映画は、ちらりとみえることはあっても、扱われはしない。「ゴジラ」の咆哮がどうやってつくられたかを、「キング・コング」とつなげて紹介するというのもあっただろうし、ゴダールの初期をマーチのしごとと対比したり、後期のフランソワ・ミュジーのしごとを大々的にとりあげるというのもあるだろう。それはだが、またべつの物語=歴史を紡ぐ、将来的につくられるのを期待してもいいはずだ。

 あたりまえにおもっている映画音響の広さと深さが90分でかいまみることができる。もっとあなたは、この世界をもっと探索してみたくなるか、ならないか。

 


寄稿者プロフィール
小沼純一(Jun'ichi Konuma)

4月に小さな「sotto」(七月堂)をだし、最近は9月刊行予定の散文「しっぽがない」(青土社)の校正を終えました。絵を森泉岳土画伯に描いていただいています。音・音楽方面から遠ざかりつつあるのを実感(笑)。

 


FILM INFORMATION

映画「ようこそ映画音響の世界へ」
監督:ミッジ・コスティン
出演:ウォルター・マーチ/ベン・バート/ゲイリー・ライドストローム/ジョージ・ルーカス/スティーヴン・スピルバーグ/デヴィッド・リンチ/アン・リー/ライアン・クーグラー/ソフィア・コッポラ/クリストファー・ノーラン/バーブラ・ストライサンド
配給:アンプラグド(2019年 アメリカ  94分)
◎2020年8月28日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
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