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Mark Manders“Dry Clay Head” 2015-2016
Photographer:Peter Cox Courtesy:Zeno X Gallery,Antwerp

 ふたりが住むフランダース地方とは、政治的には今はベルギー王国に属しているが、歴史的文化的にはフランス北部、オランダ南部、ベルギー西部となる。この地方の北のほうはプロテスタントで、南の方はカソリックだ。ただし、16世紀から17世紀にかけて起きた八十年戦争(ヴェルディ作オペラ「ドン・カルロ」の世界)で団結してスペインの圧政に抵抗した伝統が残り、宗教的軋轢は存在していない。

 この地方で話される言葉は独特のオランダ語だが、ほとんどの住民はフランス語もドイツ語も英語も話す。地名は言語によって違ったスペルで異なる発音になる。ボレマンスが住む町はゲントだが、これは英語・ドイツ語読み。オランダ語ではヘント、フランス語ではガンとなる。駅の切符売り場では、応対する駅員の主要言語が何かを推察しながら、いくつかの駅名を並べ立てないと目的地までの切符が買えない。空模様の変化も激しい。一片の雲もない青空に忽然と雲が流れ出し、雨が降り、また青空に戻る、ということが一日に何回も繰り返される。ゲントの聖バーフ大聖堂にある15世紀フランドル絵画の大傑作、ヤン・ファン・エイクの「神秘の子羊」を凝視したとき、子羊の眼が人間の眼であることに気が付いて仰天したものだった。フランダース地方には曖昧さと不確実さが溢れ、人々は確実に一つである圧倒的真実など求めないのだと思った。

 この展覧会は、マンダースの作品17点によるセルフ・ポートレートのなかに、ボレマンス作品45点が入り込むというイメージで構成されている。政府の感染防止水際対策のために作家が来日できないので、スカイプで展示会場を映しながら、キューレーターと作家たちが連日話し合って作品の設置を決めたということだ。コロナ禍が収束していない中で私たちにも沈黙が強要されるという状況が加わり、或る意味〈トリプル・サイレンス〉となった。質量ともに充実していて見応えがある。とりわけ、ボレマンスの「ドイツ人Ⅰ」(2002年)、マンダースの「狐/鼠/ベルト(建物としてのセルフ・ポートレイトからの断片)」(1992年)という、それぞれの作家にとってのメルクマール的作品が含まれているのは素晴らしい。

追記:ギャラリー小柳(銀座、東京)では、10月24日まで、『ミヒャエル・ボレマンス マーク・マンダース 杉本博司―ジオラマ』が開催されている。

 


ミヒャエル・ボレマンス(Michaël Borremans)
1963年ゲラールスベルゲン(ベルギー)生まれ、ゲント(ベルギー)在住。ベラスケスやマネなど伝統的な西洋絵画の技法とテーマに強い関心を寄せ、絵画を創造的な世界の窓を開く、普遍的な言語として捉えている。日常に潜む不穏さや危うさを、曖昧で矛盾に満ちた画題で表現する独特な雰囲気を持ち、具体的な意味や物語を拒むコンセプチュアル・アートの影響も強く見て取れる。近年は絵画から派生した映像作品も製作している。シドニー・ビエンナーレ(2018年、オーストラリア)、横浜トリエンナーレ(2011年)、ベルリン・ビエンナーレ(2006年、ドイツ)、マニフェスタ5(2004年、サンセバスチャン、スペイン)などに招待された。2010年にはロイヤル・パレスにベルギー王室のための委託作品をシリーズで製作した。

 


マーク・マンダース(Mark Manders)
1968年フォルケル(オランダ)生まれ、ロンセ(ベルギー)在住。1986年に〈建築としてのセルフ・ポートレイト〉というコンセプトを得て以来、マーク・マンダースの作品はすべてひとつの大きな自画像の一部を構成する。ドローイングや彫刻はそれ自体で完成しているとも言えるが、部分的に互換性があり、どのような組み合わせで「想像上の部屋」に収められるかによって有機的に変化し続ける。インスタレーションは或る瞬間に凍結したような不朽性や普遍性を含み、見るものに静寂と不在を感じさせる。サンパウロ・ビエンナーレ(1988年)、第55回ヴェネツイア・ビエンナーレ(2013年)にオランダ代表作家として選出された。直近ではボンネファンテン美術館にて大規模な個展が開催され(2020年、マーストリヒト)、パブリック・アート・ファンド・プログラム(2019年、セントラル・パーク、ニューヨーク)、ローキンスクエア(2017年、アムステルダム)で屋外彫刻も発表している。

 


EXHIBITION INFORMATION

ミヒャエル・ボレマンス マーク・マンダース|ダブル・サイレンス
2020年9月19日〜2021年2月28日(日)
10:00〜18:00(金・土曜日は10:00〜20:00)
会場:金沢21世紀美術館 展示室7〜12・14
休場日:毎週月曜日(ただし9月21日、11月23日、2021年1月11日は開場) 9月23日(水)、11月24日(火)、12月29日(火)〜2021年1月1日(金)、1月12日(火)
料金:
観覧券[日付指定入場制]
一般:1,000円(1,200円)
大学生:600円(800円)
小中高生:300円(400円)
65歳以上の方:1,000円(1,000円)
※( )内は当日券料金
※団体鑑賞予約対象外
※本観覧券で入場当日に限り、同時開催中のコレクション展(10月17日〜2021年2月28日)にもご入場いただけます。
※詳しくは公式サイトへ
https://www.kanazawa21.jp/