アルゼンチンから届いた清々しい明け方の風のような声とギター

 80年生まれのアルゼンチン人シンガー・ソングライター、ティンチョ・アコスタが約6年ぶりに放つアルバムは、『シレンシオ』。この表題は、締め括りの曲“シレンシオ~静寂”から取られている。〈Silencio(静寂)〉だから、ティアンチョが7弦ギターを爪弾きながら歌う曲は、おおむね静かで、少なくとも高い音圧や激しいリズムで気圧されたり、心を掻き乱されたりすることはない。ただし、静寂といっても、夜のしじまというより、2曲目の曲名を借りるなら、〈夜明け〉の静けさをイメージさせる。しかも歌声は孤独の影を宿しているものの、絶望や悲嘆の色は薄く、だから『シレンシオ』には清々しい明け方の風が吹き抜けていると感じた。

TINCHO ACOSTA 『Silencio』 大洋レコード(2020)

 『シレンシオ』には、アカ・セカ・トリオのマリアーノ・カンテーロやクリバスのフェデリコ・アギーレ等が参加。ティンチョの達者な7弦ギターの弾き語りを、カホンやビリンバウ、アコーディオン、チェロ、コントラバスなどで彩ったアンサンブルで聞かせる。ただし、必要最小限のアンサンブルで奏でられているので、とても風通しが良い。

 ティンチョはサン・カルロス・デ・バリローチェ出身。が、彼はアカ・セカ・トリオのメンバーの母校でもあるラ・プラタ大学音楽学部で学び、その後もラ・プラタ市を拠点に活動している。また、ラ・プラタ河の最大支流パラナー川沿いで暮らしているのが、コンテンポラリー・フォルクローレの代表格カルロス・アギーレだ。ティンチョの歌と7弦ギターは、雄大なラプラタ河に反射する太陽の柔らかい光のようであり、川面をそよぐ涼風のようである。また、コルドバ出身の注目のシンガー・ソングライターであるロドリゴ・カラソとの共作かつ共演による“そよ風へ”は、今年8月に日本でもリリースされたロドリゴの『オクトゴノ』と共振しており、しかも〈そよ風は旅人のように旅を続ける〉という一節が旅愁をかき立てる。思わず地図帳を開きたくなる曲は、昔から良い音楽の証だ。