「これが私の残したかった音!」
テレビでも注目を集める木嶋真優、渾身の新アルバム

 11月に新日本フィルと共演したメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、どんな褒め言葉も陳腐に感じられてしまうほどだった。巧さや美しさは当然のこととして、あらゆる音符を弾き流すことなく、1音1音から丁寧に複雑な感情が引き出されていく。その驚くほど繊細な味わいは、個性豊かな往年のヴァイオリニストたちを思い起こさずにはいられない。10代でロストロポーヴィチをはじめとする伝説の巨匠たちに見初められた天才少女・木嶋真優は、今も間違いなく世界トップクラスの音楽家であり続けているのだ。

木嶋真優 『seasons』 キング(2020)

 それでいて、TBSの朝のワイドショー「グッとラック!」の火曜レギュラーとしてコメンテーターを務めるなど、昨年あたりから様々なテレビ番組にもひっぱりだこ。キングレコード移籍第1弾となるこのアルバムではヴィヴァルディの『四季』をメインにして、なんとラストには指原莉乃がセンターを務めたAKB48の“恋するフォーチュンクッキー”を収録している。これを安易な人気取りと早とちりしないで欲しい。この曲は現在の木嶋を形作った大事な楽曲なのだから。

 「海外にいた時、指原さんに救われたんです。14歳からヨーロッパに住んでいたんですけど、当時は趣味なんかなくて。でも指原さんを好きになってからは、ヴァイオリンとヲタ生活の二本立てで生きていました(笑)。お仕事で何回かお会いさせていただいたんですけど、目の前にすると何も話せませんね……」

 推しについて語るエネルギーは、彼女の演奏に直結しているのではないかと思わされるほどなのだが、現在の演奏・芸能活動の両立にも大きな影響を与えたという。

 「クラシックの場合、あくまでもその人の〈演奏〉が好きというファンが多いですけど、オタクがこんなにヲタになるのはその人に魅力があるからで、それはどの分野でも必要なんじゃないかと思うようになりました。自分も誰かの〈推し〉になりたいですね」

 だからといって人柄だけで勝負するわけではない。演奏の凄まじさは既に述べた通り。“恋するフォーチュンクッキー”についても、ストリングスを取り入れた70年代フィリー・ソウルのサウンドが下敷きになっている楽曲であることを思えば、今回のような弦楽器によるカバーとの相性の良さも納得だ。しかも木嶋の個人技を聴かせるというよりも、N響メンバーを中心とした日本トップクラスの実力派たちとの合奏全体で曲の良さを引き立てるスタンスなので、ヴィヴァルディとの親和性も高く、意外かもしれないがアルバム全体としても驚くほど違和感がない。

 「録音期間中ずっと聴こえてくる音がもう本当に素晴らしくて! 休憩に入った時にはじめて、体がバキバキになっていたことに気付いたぐらい(笑)。3日間のレコーディングも全く疲れやストレスを感じる瞬間がありませんでした」

 その結果生まれた『四季』は、イージーリスニング的な演奏と対極にあるような、熱量高くライヴ感に溢れたもの。なおかつジャケット写真のヴィジュアルと合致した非常にモダンな解釈・演奏を聴かせてくれるため、『四季』をビギナー向けのクラシックと思い込んでいる人ほど聴けば驚かされるはず。

 「今までは録音自体があまり好きになれなかったんです。演奏自体は流れを強く意識して弾いていても、完璧にするために細かく編集しちゃうと自分が伝えたい演奏とは全く違うものになってしまっていたので……。しかもテイク毎に同じ演奏を繰り返すと〈こっちは音程が……〉とか細かい比較に耳がいってしまいがち。でも今回のように誰も守りに入らず、即興的で起こるがままに自然と音楽に身を委ねられると、圧倒的にこのテイクだよねって感じで、迷うことがありませんでした。海外で録った時のように密度と音圧が高い音になっているのも嬉しくて、〈これが私の残したかった音なんです!〉って、自信をもっていえるアルバムになりました」

 誰も歩んでいない道を独力で切り開いていく木嶋から目が離せない!

 


木嶋真優 (きしま・まゆ)
神戸生まれ。2016年第1回上海アイザック・スターン国際ヴァイオリン・コンクール優勝。2002年度文化庁海外派遣研修員。2015年秋にはケルン音楽大学大学院を満場一致の首席で卒業、ドイツの国家演奏家資格を取得。現在日本とヨーロッパに拠点を置き、意欲的に活動を行なっている。使用楽器はNPO法人 イエロー・エンジェル、宗次コレクションより特別に貸与されたAntonio Stradivari 1699 “Walner”。

 


LIVE INFORMATION

2020やまなみファミリーコンサート Vol.119
木嶋真優 ヴァイオリン・リサイタル
○12月19日(土)14:30開演 会場:秦野市文化会館(小ホール)

木嶋真優 ヴァイオリン・リサイタル
○12月22日(火)19:00開演
会場:富士市文化会館 ロゼシアター 中ホール

東京交響楽団 川崎定期演奏会 第79回
○2021年1月17日(日)14:00開演
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール

www.japanarts.co.jp/artist/mayukishima/