東京文化会館《響の森》Vol.47「ニューイヤーコンサート2021」
名手たちが奏でる輝かしいプログラムが、新しい時代を切り開く!
東京文化会館は意欲的な演目で、魅力ある出演者と東京都交響楽団を起用して〈響の森〉コンサートを展開してきた。第47回を迎える2021年年始の公演は、指揮者に飯守泰次郎、ソリストにピアニストの小川典子を迎え、ベートーヴェンとワーグナーの輝かしい名曲が披露される。2020年は世界中が厳しい日々を過ごすことになり、演奏会も相次いで開催が延期や中止となってしまった。まだまだ予断を許さない状況は続くものの、公演の実施や海外アーティストの招聘など、様々な形で音楽界には再び明るいニュースも入ってくるようになってきた。そのような中で迎える新しい年を飾るにふさわしいプログラム、まずは煌びやかな音型に彩られたベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番“皇帝”。この曲はベートーヴェンにとって最後のピアノ協奏曲であるのと同時に、新たな時代を切り開いた作品でもある。当時のピアノ協奏曲は、オーケストラが主題を提示し、そのあとにピアノが入って……というのが通常の形式であった。しかしベートーヴェンはこの曲をいきなりピアノ独奏のカデンツァ(奏者が技巧や音楽性を見せる部分)で開始する。ピアノ独奏から開始するということはもちろん、当時通常であればカデンツァは奏者の即興で演奏されるものであったため、全て記譜されたものを演奏する、というのは非常に斬新な試みだったのである。しかしロマン派以降のピアノ協奏曲を見てみると、シューマンにグリーグ、ラフマニノフ……あらゆる名曲がこのベートーヴェンのスタイルを踏襲している。まさに未来への扉を開いた作品だということがおわかりいただけるはずだ。様々なことが停滞を余儀なくされている状況に、これほどふさわしく、また心躍らせてくれる楽曲はないだろう。
“皇帝”と共に演奏されるのはワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲と歌劇「タンホイザー」序曲。前者は主人公である若き貴族ヴァルターが靴屋のマイスターであるハンス・ザックスの助けを借りながら、伝統的な形式に革新的な輝きを加えることで素晴らしい歌を書き上げるという物語。様々な危機を乗り越えるべく、新しい生活様式や仕事のありかたを模索する昨今とも通じるテーマではないだろうか。そして後者は純粋な愛の力の偉大さとその勝利が描かれている。苦しい状況にある今こそ、人々が手を取り合い、協力し合うことで乗り越えていくために力を合わせていくべきであることを改めて思い出させてくれる。いずれのワーグナー作品も重厚なオーケストラの響き、そして力強く道を切り開いていくような力強さと輝きに溢れた楽曲であり、前を向いて生きていくための大きな力を与えてくれることであろう。
今の時代だからこそより胸をうつ名曲たちを指揮する飯守泰次郎は、古典派からロマン派にかけてのレパートリーを中心として国際的なキャリアを積んできた〈重鎮〉。ヨーロッパの歌劇場での長いキャリアを誇り、ドイツやオーストリアでもワーグナー作品の解釈が非常に高く評価されてきた。またワーグナー作品を広く日本で普及したのも、この飯守の功績である。〈ワーグナーのスペシャリスト〉が紡ぎ出す迫力のサウンドに期待が膨らむ。
ベートーヴェンの“皇帝”のソリストである小川典子は、緻密な構成力と高度な技術を併せ持つピアニストである。レパートリーも広く、作品によって様々な表情を見せてくれる演奏スタイルは多くの聴衆を魅了している。色彩豊かな音色によってベートーヴェンにさらなる輝きを与えてくれることであろう。
心に響く名曲たちを、名手たちが圧倒的なスケールで届けてくれる今回のニューイヤーコンサート。まだ不安は晴れることのない日々ではあるが、彼らの熱波がきっと大きな力を与えてくれるはずだ。
飯守泰次郎 (いいもり・たいじろう)
1962年桐朋学園大学音楽科卒。藤原歌劇団公演「修道女アンジェリカ」にてデビュー。ニューヨーク、ヨーロッパで研鑽を積み、1966年ミトロプーロス国際指揮者コンクール、1969年カラヤン国際指揮者コンクールでともに第4位入賞。1972年、芸術選奨文部大臣新人賞とバルセロナのシーズン最高指揮者賞を受賞。古典派からロマン派にかけてのレパートリーを根幹に意欲的な活動を展開。現在は、仙台フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者、東京シティ・フィル桂冠名誉指揮者、関西フィル桂冠名誉指揮者。フォンテックレーベルからも多数リリース。
小川典子 (おがわ・のりこ)
英国と日本を拠点に世界の主要オーケストラ・指揮者との共演、室内楽、リサイタル等で世界各国へ演奏旅行を行う。国際的なコンクールでの審査、各国でのマスタークラスなど多彩な活動を展開中。英国ギルドホール音楽院教授、東京音楽大学特任教授、ミューザ川崎シンフォニーホールアドバイザー、〈ジェイミーのコンサート〉主宰ほか。2017年にはこれまでの貢献をたたえて英国ギルドホール音楽院より〈フェロー〉の称号が授与された。録音は北欧最大のレーベルBISと専属契約を結び、2020年7月には35枚目のCD『サティ:ピアノ独奏曲全曲集Vol.3“ヴェクサシオン”』が発売された。
LIVE INFORMATION
《響の森》Vol.47「ニューイヤーコンサート2021」
○2021年1月3日(日)14:20開場/15:00開演
【会場】東京文化会館 大ホール
【出演】飯守泰次郎(指揮)小川典子(p)
【曲目】ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調“皇帝”Op.73
ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」より 第1幕への前奏曲
歌劇「タンホイザー」序曲
www.t-bunka.jp/stage/6502/