Stay Alive
トロントのハードな環境から生まれてきたのは、亡き友に捧げる天使のメロディーと平穏な日々を望むメッセージ……ドレイクやジェイムズ・ブレイクらも魅了されたシンガー・ソングライターがついにアルバム・デビュー!
カナダのオンタリオ州トロントが生んだ現行メインストリームのトップ・クリエイターのひとり、フランク・デュークスのここしばらくのプロデュース曲――カミラ・カベロ“All These Years”と“She Loves Control”、ジョナス・ブラザーズ“Sucker”、ショーン・メンデス&ジャスティン・ビーバーの“Monster”など――にちょいちょい名前がフィーチャーされているムスタファ・アーメッド。詩人でシンガーで映像作家でもある彼は、その詩を同郷のドレイクがInstagramでポストしたことで脚光を浴びた人物である。そんな注目の才能がファースト・アルバム『When Smoke Rises』をリリースするのだが、いわゆる裏方で実力を磨いてきたソングライターが満を持して歌手デビュー……のような話とは少し様子が違う。
96年にトロントで生まれたムスタファは、スーダン系の両親を持ち、銃と暴力に囲まれた地元リージェントパークの貧困を綴った詩などで学生時代から評価されてきたという。2014年にスポークン・ワードの映画を制作し、地元のヒップホップ・コレクティヴであるハラル・ギャングの一員としても活動。その間には先述のドレイクによる〈フックアップ〉もあって注目が集まっていたのだろうか、フランク・デュークスが手掛けたウィークエンド“Attention”(16年)にソングライトとバック・ヴォーカルで参加するに至っている。19年にはトロントのヒップホップ・シーンを題材にしたドキュメンタリー「Remember Me, Toronto」を制作。そこに銃死した仲間への哀悼も込めた彼だが、過酷な都市環境で同様の境遇を強いられる若い同胞たちの物語を伝えるべくヴォーカリストとしても本格的に活動を始め、フランク・デュークスのサポートも受けてデビュー・シングル“Stay Alive”を発表したのは昨年3月のことだ。銃犯罪で亡くなった人々に捧げられた同曲ではフランクと共にジェイムズ・ブレイクも共同プロデュース。それからコンスタントな楽曲リリースを経て、およそ1年ほどで完成したのが今回の『When Smoke Rises』というわけである。
資料によれば、ムスタファの歌唱はジョニ・ミッチェルやボブ・ディラン、 リッチー・ヘヴンスに影響を受けて磨かれたものだという。確かに、いわゆるフォーキー・ソウル的な側面も連想させる清らかでメロディアスな歌い口は、叙情的なアンビエンスを湛えたシンプルなプロダクションとも柔和に馴染むものだ。ジェイミーXXが共同プロデュースにあたった“Air Forces”を筆頭にフランクが全曲をしっかりサポートし、スウェーデンのサイモン・オン・ザ・ムーンやロンドンのラッパーだというシティボーイモーらも要所で助力。サンファと歌声を溶け合わせるシンプルなピアノ曲“Capo”、元バッドバッドノットグッドのマシュー・タヴァレスも助力したホーリーな音空間に包まれる“Ali”、牧歌的な音像が性急な“What About Heaven”など、一定のトーンを崩さない美しい歌世界は圧倒的に清らかな響きを纏っている。ラストの“Come Back”ではジェイムズ・ブレイクがシンガーとしても声を添えているが、総じてアルバムで強い印象を残すのは哀切を備えた主役の歌声だろう。
なお、冒頭に触れたソングライターのクレジットについては、どうやらフランクのサンプル音源にムスタファが曲名を付けたことをコライト扱いにして登録し、採用された楽曲に発生した収益が地元リージェントパークの学校に寄付される仕組みになっているようだ。