ガザ危機を目の当たりにして生まれた反戦歌

世界情勢が混沌としている。ロシアによるウクライナ侵攻の開始から2年以上が経ったが、解決の糸口は見いだせていない。さらに今、恐ろしいことに、新たな戦争が進行中であることは、誰もが知るところだろう。

2023年10月7日、ハマスがイスラエルに対しておこなった攻撃への報復として、イスラエルはガザ地区への空爆を開始した。このことに端を発するパレスチナとイスラエル間の戦争は激化の一途をたどり、停戦案は合意にほど遠く、特にイスラエルによる苛烈な攻撃に対しては〈虐殺だ〉〈民族浄化だ〉と非難の声が国際社会であがっている。ガザ地区の死者数は、2024年5月の時点で35,000人を超えた

音楽の世界も、この戦争と無関係ではない。

〈Ceasefire Now(即時停戦を)〉〈Free Palestine(パレスチナを解放せよ)〉〈Stop The Genocide(虐殺をやめろ)〉といったスローガンのもと、多くのミュージシャンや音楽関係者がガザの現状に対してSNSなどで声をあげている。SXSWやユーロビジョン・ソング・コンテストへの抗議、ボイコットなども報じられた。

そんななか、単に立場を表明するだけでなく、凄惨な状況に対して音楽で訴えかけようと、明確にプロテストソングと呼びうる曲、反戦歌が国内外で発表されつつある。ここでは、それらのうちいくつかをピックアップして紹介しよう。

 

マックルモアやケラーニ、パレスチナ系のエリアナによるプロテストソング

まず、国際的に大きな注目を集めたのは、ラッパーのマックルモアが2024年5月6日に発表した“Hind’s Hall”だった。

曲名の〈Hind〉とは、1月に6歳で亡くなったガザ地区の少女ヒンド・ラジャブのこと。ヒンドは家族と車内にいたが、イスラエル軍の戦車に砲撃され、ともにいた6人の親族が即死した。生き延びたヒンドはパレスチナ赤新月社に電話で助けを求めたが、連絡が途絶え、12日後に遺体が発見された。一連の事件は国際的な関心を集め、イスラエルへの批判が強まる一因になったと言える。

アメリカの大学生たちがキャンパスを舞台に親パレスチナのデモや抗議活動を繰り広げていることは、ここ日本でもたびたび報道されている。特に、抗議が最初に始まったとされるコロンビア大学での活動は激しく、建物の占拠や警官隊との衝突、強制排除などが繰り広げられた。

〈Hind’s Hall〉という曲名は、同大の抗議活動に関係している。大学内のハミルトン・ホールを占拠した学生たちが、ヒンドのために〈Hind’s Hall〉と書いた横断幕を張りだしたのだ。この様子は、SNSで広く拡散された。

そんな曲名を冠した“Hind’s Hall”でマックルモアは、米国がイスラエルに出資していること、ジョー・バイデン大統領や親イスラエルの政治家たち、組織を強く批判する。イスラエルがおこなっていることは虐殺であり、パレスチナを占領しようとしていることはアパルトヘイトだと非難し、さらにケンドリック・ラマーとドレイクのビーフにも言及、戦争に比べれば些末なことだと切り捨てた。

マックルモアといえば、マックルモア&ライアン・ルイス名義の“Same Love”(2012年)でLGBTQ+の権利や同性婚へのサポートを表明し、ホモフォビア的な差別が根強く残るヒップホップシーンに一石を投じた存在だ。ドナルド・トランプ元大統領を真っ向から批判するなど、政治的な立場を隠さなかった彼が“Hind’s Hall”を世に問うたのは、自然な流れだった。

アメリカでは、ケラーニの“Next 2 U”も話題になった。ダークアンビエントやインダストリアル的な電子音と重たいビートに彩られたこのR&Bナンバーは、6月21日にリリースされたアルバム『CRASH』からのシングル。直接的な内容の歌詞ではないものの、ケラーニは〈私があなたを守る〉と歌いあげている。

ミュージックビデオは、5月31日にプレミア公開された。映像は、パレスチナ系アメリカ人の作家ハラ・アリヤーンの詩の引用から始まっている。そして、1987年にヨルダン川西岸地区とガザ地区におけるデモでコールされた〈Long Live The Intifada〉の文字が映される。さらに終盤では、ダンサーたちがパレスチナの旗を情熱的に振る。ケラーニはチャリティTシャツも制作しており、パレスチナとコンゴ、スーダンの人々に金銭的な支援をおこなうための募金活動を実施した。

カナダのトロント生まれ、低所得者のための公営団地育ちであるシンガーソングライター/詩人のムスタファは、“Gaza Is Calling”という新曲を6月11日に発表。9月27日(金)にリリースする予定の2ndアルバム『Dunya』からのシングルだ。

ガザが呼んでいる――。ムスタファはここで、11歳のころに出会ったガザ出身の少年との友情、そしてその崩壊を歌う。ムスタファは、2人の愛の終わりの原因を〈ガザから追いかけてきた暴力〉だとしている。

この曲にはニューヨークの前衛的な電子音楽作家ニコラス・ジャーもプロデューサーとして参加しているが、イントロや間奏におけるアラビア音楽のストリングスのサンプリングが印象的だ。そしてアウトロには、アラビア語のボーカルもフィーチャーされている。

MVでは、パレスチナ人のモデルで世界的に有名なベラ・ハディッド、崩壊したパレスチナ自治区ジェニンの街並み、さらにガザのラッパーであるMCアブドゥルの姿が映される。“Gaza Is Calling”の収益は、パレスチナ児童救済基金にすべて寄付されるとのことだ。

なお、弱冠15歳のMCアブドゥルは、2020年からパレスチナの現状をラップしており、2023年12月に“Let It Rain”という曲を発表している。

もちろん、英語圏だけではなく、アラビア語圏の音楽家たちの間でも同様の動きはある。

(アラビックポップシーンには個人的に以前から関心を持っているのだが)たとえば、2021年に新設されたユニバーサル・アラビック・ミュージックに所属しているシンガーソングライターのエリアナ。ライジングスターとして注目を集めているパレスチナ系チリ人の彼女は、2023年12月6日に“Olive Branch (غصن زيتون)”という短い曲のミュージックビデオを発表しており、この曲は今年3月6日にストリーミングでも聴けるようになった。

パレスチナの人々や文化のシンボルであるオリーブの木を曲名に冠した“Olive Branch (غصن زيتون)”で、エリアナは悲痛なかなしみと平和の希求を歌う。〈私は遠く離れているけれど、あなたのために祈る〉と。またジャケットには、〈私の故郷パレスチナへ〉と記されている。