©2020フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

地方のショッピングモールで出会った高校生の少年少女、チェリーとスマイル。それぞれコンプレックスを抱く2人の交流を描いた劇場アニメ「サイダーのように言葉が湧き上がる」は、アニメの世界に新しい風を吹き込むようなフレッシュな作品だ。レコードが物語の重要なアイテムになっていて、劇中歌を大貫妙子、主題歌をnever young beachが担当。カラフルな映像は80年代のグラフィック・アートのようでもある。様々なカルチャーが詰め込まれた本作の魅力について、監督のイシグロキョウヘイに話を訊いた。

――夏にぴったりの爽やかな青春映画ですね。ストレートなボーイ・ミーツ・ガールになっていて。

「シナリオの最初の段階では群像劇だったんです。『グーニーズ』を凝縮したみたいな。それをチェリーとスマイルの恋愛を中心にした物語にしていったんです。そして、映画を見終わった後、(観客に)前向きな気分になって欲しくて王道のボーイ・ミーツ・ガールにしました」

――そこで重要な要素になっているのが音楽です。チェリーとスマイルは、一緒に一枚のレコードを探すことになる。

「レコードは最初の頃から小道具として考えていました。音楽を聴くと何かを思い出すことってあるじゃないですか。そして、レコードは割れると聴けなくなってしまう。そういったことを物語に帰結させていくと、面白くなるんじゃないかと思っていたんです。そしたら、ちょうど若者たちの間でレコードが再評価され始めた。僕は80年代生まれなのでCD世代なんですけど、大学時代にレコードを知って今でも200~300枚は持っていて。自分のアナログ体験を、この作品に落とし込めた気はしています」

――2人が探す幻のレコードに収録された曲“YAMAZAKURA”を大貫妙子さんが書き下ろしていますが、最初から大貫さんのイメージだったんですか?

「70年代の女性ヴォーカルで誰か、と思っていて、荒井由実時代のユーミンさんや五輪真弓さんも聴き直してみたんですけど、大貫さんがいちばんイメージに近くて。それで大貫さんの“春の手紙”という曲を聴きながらシナリオを書いたんです。だから、本編でも大貫さんが歌ってくれたらいいなって冗談みたいに言ってたら、本当にやってもらえることになったんですよ。大貫さんには曲が生まれた背景を小さなお話にしたものをお渡ししたんですけど、その話を踏まえた曲を書いてくださって。ここまで丁寧にオーダーに応えてくれるのかって涙が出るほど嬉しかったですね」

――映画にすごくフィットしていましたね。そして、映画の主題歌“サイダーのように言葉が湧き上がる”をnever young beachが手掛けています。彼らもシナリオの時からイメージしていたんですか?

「ネバヤンはプロデューサーからの提案でした。大貫さんと彼らの曲が並ぶことで、日本のシティ・ポップという文脈が映画に生まれる。そういう流れを大切にしたいと思ったんです。安部くん(バンドのヴォーカル/ギター、安部勇磨)には、恋愛ものなんだけど主人公の2人が自己を確立するまでの青春物語なんだっていうことを細かく説明しました」

――シティ・ポップという文脈はヴィジュアルからも伝わってきますね。80年代のシティ・ポップのレコードを思わせるようなカラフルな色彩です。

「鈴木英人さんが手掛けた山下達郎『FOR YOU』のジャケットのイメージなんです。もともと僕は絵のシルエットを大事にしていて。細かな描き込みよりも記号としてのシルエットの方がアニメには重要じゃないかと考えていたんです。それでこの作品の制作を始めた時、5年前くらいなんですけど、80年代カルチャーがリバイバルしていたこともあったので、80年代の余計なものをそぎ落として洗練されたあの時代のテイストを取りいれてみました」

©2020フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会

――グラフィック・アートみたいな雰囲気がありますね。それがアニメとして動いているのが新鮮でした。

「嬉しいです。1カットごとにイラストとして成り立つような絵にすることは意識していました。あと、吉田博という版画家の作風もヒントにしていて、(アメリカ)西海岸に日本を混ぜたようなタッチの絵になったらいいなと思っていました。まんま西海岸風でもいいんですけど、せっかく日本で作るわけですから日本のテイストも入れたかったんです。これまでいろんな文化に触れてきたけど、日本の文化って面白いなって思っていて。そういう自分が気づいたものも作品に植えつけたいと思っていました」

――日本の文化といえば俳句の使い方が面白いですね。チェリーの俳句が街のいろんなところにタギング(スプレーで落書き)されている。

「いとうせいこうさんが、俳句は日本語ヒップホップの始祖じゃないか、ということを『他流試合』という本でおしゃっていて面白いと思ったんです。だったら、俳句をタギングするっていう設定もありなんじゃないかと。映画に出てくる俳句は全部、チェリーの心の声なんです。今回、モノローグは使わないことにしたので俳句がその役割を担ってくれました」

――その俳句を脚本家が書くのではなく、一般の高校生が書いたそうですね。

「そうなんです。句会を開いて作ってもらったんですけど、みんないい意味でシンプルじゃなくて、なんか面白い表現をしようとして意気込んでる。思春期が暴走している感じが出てて面白かったですね」

――映画のタイトルはその俳句の中から選ばれたそうですが、そういうフレッシュな情熱が、この映画のエッセンスなのかもしれませんね。

「僕は学生時代からバンドをやってて、曲を作ったりもしてたんです。当たり前のように創作活動をしていた。この作品は僕にとって初めてのオリジナル作品で、映画を作っていてバンドをやっていた時の感覚が蘇ってきたんです。僕はそういう感覚をずっと求めていたことがわかった。だから、これからはオリジナル作品しか作らないって決めました。自分をさらけ出しながら作品を作っていきたいと思います」

 


CINEMA INFORMATION
サイダーのように言葉が湧き上がる
出演:市川染五郎/杉咲花/潘 めぐみ/花江夏樹/梅原裕一郎/中島愛/諸星すみれ/神谷浩史/坂本真綾/山寺宏一
原作:フライングドッグ
監督・脚本・演出:イシグロキョウヘイ
脚本:佐藤 大
キャラクターデザイン・総作画監督:愛敬由紀子
音楽:牛尾憲輔
劇中歌:“YAMAZAKURA” 大貫妙子
主題歌:“サイダーのように言葉が湧き上がる” never young beach
配給:松竹(2020年 日本 87分)
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2021年7月22日(木・祝)全国ロードショー
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