(左から)RYO the SKYWALKER、前嶋貫太郎

16歳にして西東京の福生でレゲエ・ディージェイの活動をスタートし、10年以上のキャリアを重ねてきた貫太郎が、本名の前嶋貫太郎として5年ぶりの新作アルバム『222』をリリースした。ヒップホップのビートを中心とした穏やかな音楽性と、肩の力が抜けたディージェイ・スタイルで新たな面を引き出したアルバムは、自らと向き合う時間が増えたと語る日々の成果であり、なにより30歳という人としての節目を目前にした彼なりの成熟の証しだ。そしてそれは、コロナ禍の圧倒的な非日常に力でぶつかるのではなく、あくまでも軽やかに越えていくところにこそ答えを見出すものとも言えようか。

今回は、そんな『222』を発表した前嶋と、アルバムに収録の“WARUKUNAI”で共演を果たしたRYO the SKYWALKERの2人にZoomで話を訊くことができた。それこそ前嶋がレゲエへと足を踏み入れるきっかけの一人とも言えるRYO the SKYWALKERとの話は、2人のそもそもの出会いから始まる。

前嶋貫太郎 『222』 Pヴァイン(2021)

 

前嶋貫太郎 × RYO the SKYWALKER、10年越しのコラボ

――まずはお二人の出会いから訊きたいんですが。

前嶋貫太郎「僕達が福生で〈WICKED!!!〉ってイベントをやってたんですけど、そこにRYOさんを呼ばせていただいたのが最初……ではないですね(笑)」

RYO the SKYWALKER「3、4年前にそこでがっつりリンクして話したのは憶えてるけど、いっちゃん最初に出会ったのはなんやったんかな?」

貫太郎「今思い出しましたけど、〈ロカパラ〉(〈ROCKERS PARADICE〉。2006年より東京、大阪で月1で開催されていたイベント)ですね。僕ずっと通ってたんですよ。もう時効だけど高1の時にシステム搬入口から入れるのを知って通ってて。たなけんさんとか(J-)REXXXさんとかアダチ(マン)さんとかそこで全員知り合ったんですよ」

RYO「おー! そうやったんや。それあんまりわかってなかったわ」

貫太郎「そうですよね。そこで一番最初にラガラボ(MUSIQ)の3人が来て、ARM(STRONG)さんが歌って、その後BOOGIE(MAN)さんが登場するっていう暗黙の流れがあったんですけど、僕がマイクを取って怒られたことを思い出しました」

RYO「(笑)。それ10年以上前やんな。〈ROCKERS PARADISE〉に誰でも歌える〈Rub A Dub Schooool!!!〉っていうオープン・マイクのコーナーがあってそこに来てたのね、貫太郎は」

貫太郎「毎晩毎晩忍び込んでました。あれで東京のレゲエ・シーンの厳しさを知りました(笑)」

――はは、そうなんですね。

 

貫太郎は飄々としてるけど勝負になったら強いことも言うし、中々やるなと

――今回の共演に至る以前RYOさんは貫太郎さんをどう見てたんですか?

RYO「貫太郎は〈HIGHEST CUP〉っていう〈HIGHTEST MOUNTAIN〉の出演をかけた若手のトーナメントで2、3年連続で惜しいとこまで行ってたから、うまいのも知ってたし、結構飄々としてるけどそういう勝負になったらがっつり強いことも言うし、中々やるなと思って見てましたね」

――逆に貫太郎さんはRYOさんをどう見てました?

貫太郎「RYOさんは僕ら世代でジャパニーズ・レゲエを聴いてた人には全員そうだと思うんですけどスターなんで。最初会った時から今でもそうですけど、中々うまく喋れないですね(笑)。アーティストとしても懐が深いし」

――貫太郎さんのレゲエへの入り自体も、やっぱりRYOさんをはじめとしたジャパニーズ・レゲエだったわけですか。

貫太郎「レゲエに入ったのは小6か中1なんですけど、姉ちゃんがNANJAMANさんを聴いてて、そっから〈横浜レゲエ祭〉とか〈HIGHEST MOUNTAIN〉にたどり着いて、出てるアーティストの人達を掘って掘って、みたいな」

――そうなるとディージェイを始めるきっかけも当然そのあたりから。

貫太郎「モロそうです」